こんな晴れやかな朝は無い。

目が覚めるなり肥溜めの中に突き落とされて百年杉の丸太のマドラーで乱暴に撹乱される糞と肉を呆れて眺めるあたま痛。剣竜の背のように尽きだした背骨の節々の1つ1つを里谷多英のようになぞりながら駆け下りていく気怠さの糸で何重にも巻かれ正体不明に膨れあがった痛みと言うには柔らかすぎる居心地の悪さ、辛さ、苦しさ。剣山に盛られ乗せられ突き刺さる左の脇腹に耐えかねてへの字に曲がる上半身。右心房と心室を置き去りにして1人身勝手に筋肉痛になる左心房。頭皮の裏側に流し込まれて煮えたぎる四川風麻婆豆腐風の隔壁の高さに微笑みながら流れない涙を流そうとする自らへの侮蔑と孤独感。もう終わりだ、おしまいだ、この人生に救いはない。諦めよう、全部諦めよう。小さな夢も、些細な野心も、尽きぬ憎しみも、果てることのない罪の意識も全部全部、もうどうでもいい。諦めよう。なんでなん、なんでなん。なんで寝て起きたばかりなのにこんなに悪いの。寝れば体力は回復するものという常識を打ち破る人生。もう諦めよう。こんなふうでは仕方がないから全てのことを諦めよう。そう思ったのが昨日の朝。

具合が悪いと寝るに寝れない。もちろんの事座ってもいられない。PCの電源を入れて、ファンの音を聞いて、ウインドウズが立ち上がって、ログインパスワードを撃ち込んで、思い直して電源ボタンをもう一度押してシャットダウンして、椅子から滑り落ちて、椅子に登れば少しはよくなるとの妄想に取り憑かれ、希望を胸に、椅子の上へと這い上がる。そういう時間をずっと過して、痛みと苦しみに耐え続けて、耐えることにも耐えかねて、痛みで精神がひん曲がっていくのを冷静に眺めながらゲームのウェブサイトを見て現実逃避したりして、全てを投げ出して諦めて8時間、9時間と過した果てにやっとこさ、本当の本当にやっとの事で少しずつ快方に向かう理不尽。横になってゆっくり休んで悪化するのに、痛みと苦しみに息も絶え絶え悶えながら滑り落ちたり這い上がったりを繰り返しているだけで具合が良くなる我が身の理不尽。そんな理不尽にも心折られず、これだけ元気になれば明日一日はきっと素晴らしい日になる、と意味不明な安堵感の中で眠ろうとする健気な私。

しかし、である。
痛みがなくなれば嬉しい。

嬉しいと、幸せな気分になる。幸せな気分になってしまう。思わず笑みがこぼれる。あくびとくしゃみが同時に出そうで、それを同時に堪えているような表情のまま固定してにやけ続ける多幸感。幸せなどという事態とは無縁の日常を過し続ける我が心には劇薬、毒薬、刺激物。突如として目の前に現れた巨大な幸福の反り返りながらそそり立つ壁の迫り来る迫力たるや3D。幸せ耐性を持たない笹の小舟の僕の心を上下の区別がつかなくなるまで弄ぶ喜びの大波、幸せの小波、季節外れの台風の海。先ほどまでは四川風だった頭皮と頭骨の間にまで流れ込んでくる幸福感。そして全ての痛みが取り除かれた事による浮遊感。極上の人生。あまりの喜びに思わず深呼吸するバラ色の溜息。

そうなると困るのが、現実と感情の乖離である。
一日中痛みと向き合う続けて全ての物事を次から次へと思い浮かべては諦め続けた精神と肉体の疲労と、そこから解放された事により生まれた感情の凄まじい隆起は決して混ざらぬ水と油。幸せによる興奮は一秒また一秒と増し続け幸福に次ぐ幸福の絶頂を登頂して離陸し上空を越えて成層圏にまで達するのに、精神の憔悴と肉体の疲労はもはや限界を超えて完全にノックダウン。ならば倒れるようにして眠ればいいと思うのは浅い考え素人の思い上がりで、PCの電源を落とし吾妻鏡よりも勇敢に椅子の上から駆け下り横臥すれば、次の瞬間にはマロリーよりも勇ましくPCの電源を突き押しながら駆け上がる自分のおかしさに思わず声を出して笑ってしまう心の底から愉快で天真爛漫な我が身への尽しがたい情けなさと、その上を行く村雨の霧立ちのぼる歓喜の渦。

尽きぬ喜びに押し流されて、痛みと苦しみの中で一日かけて諦めた有象無象の出来事を片っ端から順番に一つずつ撤回していく砂の城。僕はまだ諦めてはいない。なに一つ諦めてはいない。望むもの全てを手に入れるつもりだし、望む願いの全てを叶えるつもりだ。いや手に入れずとも、叶えずとも、全ては自ずからこの身の方へと集まるだろうと確信を抱く根拠は不明。多幸感と憔悴との間で善悪の区別もつかぬまま、思考の1つも働かぬまま、ただの幸せに流されて自堕落に心を立て直し、盲目的に健全さを取り戻していくが、諦めた全ての事を撤回し、投げ捨てた全ての物事を拾い集めてもなお、愛と勇気は収らず、希望また希望、光り輝く未来と明日と今日と昨日。

そんな底なしの明るさを尻目に、爪先や指先の血管は芥子蓮根のように煮凍り根詰まり、節々はジュラシックパークの恐竜の鳴き声のような音で軋み、目の下の隈と前頭葉が歩調を合わせ進軍する赤軍のように西へ西へとせり出して視界を覆ってゆく。再び具合が悪くなる兆候だ。しかし、である。すこぶる健康である。疲労困憊し精神が衰弱している事と、多幸感と高揚感の中で最高の気分にある事、そして体中のあちこち朽ち果てつつある事を除けば、すこぶる健康である。そうした完全無欠の健康さの中で20時間を浮かれて過し、自分の中の複数の要素が啀み合う中で意識を失わないままで眠りについた。

そうして軽機関銃を持った何者らかに暴かれて、板張りの廊下と雑木林と階段を逃げ続けやがて追い詰められて、その状況を打破するために「魔法の言葉はラスケルン、魔法の言葉はラスケルン」と繰り返し唱えながら壁を背に見えない何かとただ言葉を唱える事だけで戦っていると目が覚めた。ほんの僅かしか眠れなかったが、そんな僅かな時間の中に諦めも幸せも魔法の言葉も無くなって全ての熱は冷め消えて、健やかな人生だけが手元に残った。こんな晴れやかな朝はない。