さらばzsmj。

マラドーナを封じるために左足でボールを蹴る事を禁じる。
そんな不条理な調整が行われたのがdota allstarsである。




あの日のzsmjが行ったのは、dota allstarsの完全な造り替えだ。
5対5で対戦するゲームであったはずのdota allstarsを、拳を突き上げる1人のzsmjと地面に転がる9体の猛者の屍、というゲームに変えてしまったのだ。そしてそれを阻止するために不条理な調整が成され、zsmjの時代は一つの区切りを迎えた。言うまでもなくあの調整は間違いだったと思うし、あれからの調整も間違いだったように思う。あんな調整をしなくても、zsmjの時代は何れ終わっただろうし、zsmj時代なるものが成り立っていたのは彼のチームメイト全員が明らかにずば抜けたプレイヤーばかりだったからだ。彼の力は無論だけれど、チームとして強く、成熟されており、熱意もあった。総量が違っていたのだ。にも関わらずzsmjはその責任を負わされ、dota allstarsに否定された。それはあまりにも不条理な調整だった。

zsmjの功績はdota allstarsを造り替え、さらに造り替えさせた事だけに止まらない。彼は3-1-1のシンボルであり、zsmj-820時代を担った片翼でもあった。そんなzsmjが遂にLGD.Sgtyを去るという。誰1人として契約を更新しないとまで言われてしまう程に流動性の高い中国シーンで、zsmjは、季節が変わる毎にチームメイトを失い、弱小チームの可哀想なエース、という地位にまで落ちぶれてしまった。あの日彼と共にあったチームメイト達は、小さな市場の魚醤製造企業という、インターネットの世界では明らかに非力なスポンサーに支えられた小規模なチームではなく、もっとITでもっと巨大なた基盤を持つチームへと旅立ち、中国シーンの頂点へと駆け上り、幾つもの栄光を手にしている。遅すぎたという印象はあるけれど、あのzsmjがこのまま終わるはずがない。あの日zsmjを夢見た僕らはどうしても、zsmjの未来を信じたくなる。さらばdota allstarsのマラドーナ。また会う日まで。