ガトーショコラを書き殴る。

人を殺した。何故殺したのかは知らない。とにかく殺した。大勢殺した。どのくらい殺したかはわからない。いっぱい殺して、砕いて、海に沈めた。海はあまりにも遠いので、めんどくさくなって、その辺りに埋めた。殺して、バラバラにして、穴も掘らずに埋めて土を盛った。バラバラといってもそんなにはバラバラではない。足を一本切って埋めて、手を一本切ろうとしたけれど、上手くいかずにめんどくさくなりそのまま埋めた。一通り埋め終えて、これだけやったのだから大丈夫だと安堵していたら、男が近づいてきて携帯電話を差し出した。おまえに電話だと言ってきた。よくわからずに携帯電話を手に取ると、受話器の向こう側から口々に、うちの娘が帰って来ないだとか、うちの息子がどこかに行ったきりだとか聞こえてきた。電話線の向こう側には世界が有った。こちら側には何も無かった。めんどくさい連中は放置して、帰ってブログを書こうと僕は考え受話器を置いた。また電話が掛かってきて、その辺を掘ってみろと指示された。仕方なしに巨大なスコップを手にとって地面に突き差すと、中から人間のものと思われる足が出てきて卒倒した。気がついてもう一度スコップを地面に突き立てると、中から人間の死体が出てきて卒倒した。ありふれた話である。しかし、少しだけ普通ではない。何が普通ではないかというと、僕はこれまでの間に少なくとも5回、いや6回くらいは目を覚ましているのである。起きているのである。にも関わらず話は続く。何故か。理由は簡単である。目覚めても、目覚めても、夢が追いかけてくるのである。夢に追われて、逃げ切れないのである。

せっかくだから、あの夢の続きを見ようと、もう一度眠ってみる事はある。けれどもこれは違う。明らかに精神を圧迫する悪夢である。故に目が覚める度に意識をはっきりとさせ、もう夢は見ぬと高らかに宣言し、心を強く持ち、そうして眠るとまた夢が続くのである。オートコンティニューさせられるのである。まるでインターネットの向こう側で眠らず延々続いているMMOに強制ログインさせられるかのように、夢は続いていくのである。これは、悪夢ではない。悪夢に再度ログインさせられ続けるという悪夢である。このような事はこれまでにもあった。悪い夢を見て、目が覚めて、もう一度眠っても悪い夢が続くという事は、はじめてではない。けれども、それは精々1度や2度の事であり、ここまで執拗に夢に追われたのは、覚えている限り始めてである。

あまりの事に動揺して、まずはおいしいものを思い浮かべた。とにかく、すき焼きを思い浮かべた。この先、一度として口にする事無く死んで行くであろうすき焼きという異世界の食べ物を思い浮かべた。なるべく高そうなすき焼きという事で、今半のすき焼きを思い浮かべた。この人生において一度として口にする事など無いであろう今半のすき焼きを思い浮かべた。すき焼き、すき焼き、すき焼き、すき焼き、と心の中で何度も唱え、前にyoutubeで見た今半のすき焼きが焼かれる様を、沸き立つ割り下で薄っぺらい牛肉がポコポコと盛り上がる様子を、可能な限り鮮明に思い浮かべて眠った。そうすると、パン職人が巨大なパン生地から一握りのパン生地を千切り取る時のように、死んだ人間の体から肉を引きちぎってくるみ割り機で粉々に砕いてドブ川に撒いていく夢が続いた。すき焼きとはかけ離れた現実がそこにはあった。あまりの事に飛び起きて、すき焼きを強く、強く心に思い描いて再び眠ると、死んだはずの人間がまだ生きていたので、馬の大腿骨を鋭く尖らせたもので心臓を突いて殺し直した。くるみ割り機で逐一砕いて捨てるのがめんどくさくなったので、そのままドブ川に蹴落とした。どうせ数年もすれば我が国の栄光なる発展と進歩によって、このドブ川も暗渠化される。そうなれば、もう二度と死体が日の目を見る事はない。全ては闇に葬られる。そう考えて川へ蹴落とした。血で川が赤くなってしまったので、小便をして黄色くして誤魔化した。あまり誤魔化せなかったので、見なかったことにしてその場を離れた。

目が覚めて、馬の骨で肉塊を突き、臭いで品質を確かめるパルマハムの検定光景を思い出した。プロシュートを食べたいと思ったが、あまりにも非現実な食べ物である為にどのような味であるのか想像する事が出来ず、仕方が無しにすき焼きを思い浮かべた。頼れるものはすき焼きだけである。目にした事の無いすき焼きだけである。強く、強く、心に強く、すき焼きを思い浮かべながらまどろんで、すき焼きを思いながら僕は眠った。携帯に電話がかかってきた。携帯と言っても、僕の携帯ではない。先ほど他人から差し出された携帯である。ただし、その人物は既に殺してしまったので、この時点においては僕の携帯である。とにかく携帯が鳴り、受話器の向こうの人物は僕を非難した。よくも殺してくれたな、これからおまえを殺しに行くぞ、復讐してやるぞ、などと口汚くがなり立てていた。大きな声で罵られてビクビクし、心が参った。電話はまだ続いているのに、既に何人かの人殺しどもが僕に迫っており、崖から蹴落としたり、猛毒のキノコを口に押し込んだりして懸命に戦い、片っ端から退治していた。目が覚めて、精神的に相当のところまで追い詰められ、上半身だけを起こし、再び寝かせて、上を向いて歩こうを声を出さずに何度も歌った。口ずさみながら寝た。しかし夢に出てきたのはすき焼きではなく人であり、人殺しから逃げ惑う殺人犯だった。

ああ、僕は殺されるのだ。このくだらない人殺しどもに殺されるのだ。そうして、死ぬのだ。観念した。諦めた。しかし、である。諦めたからと言って何かが変わるわけではない。それはライフハックに目覚めて今日から頑張ろうと志した愚人が、何も変わらぬのと同じである。諦めたところで、観念したところで、人生を投げ捨てたところで、何も変わらず日は巡る。素麺を茹でる為に鋳造された大鍋を見つけて、人を殺して、大鍋で茹でて、溶かして、流して、また歩いた。殺したと言っても、迫り来る追っ手を殺したのではない。そんな勇敢さは僕にはない。その辺を歩いている無為の人を騙して後ろから蹴飛ばして、転かしてからハンマーで頭を何度か殴って丁寧に殺してから茹でて溶かした。だんだん殺すのが上手くなってきたと自らの成長に関心していると、パトカーがやってきて中から警官がうじゃうじゃと出てきた。捕まってしまう。逮捕されてしまう。牢屋に入れられてしまう。牢屋に入れられるとブログが書けない。それは困る。しかも無期か死刑である。これだけ殺しているのだ。出てこられる可能性は無い。捕まったら最後、もう二度とブログは書けなくなってしまう。それは困る。本当に困る。1つの名案が浮かんだ。夢から覚めればいい。目蓋に全神経を集中させ、こじ開けて起きた。

1つだけわかった。すき焼きは効かない。すき焼きは無駄である。すき焼き以外の選択肢を探した。そうして白羽の矢が立てられたのがガトーショコラである。菓子である。チョコレート菓子の甘さをもって、悪夢を打開しようとしたのである。ガトーショコラ、ガトーショコラ、ガトーショコラ、と何度も小さく声に出した唱えて眠ってみると、僕の体は車中に有った。外では警官隊が僕の身柄を巡って殺し合いをしていた。あれは俺の手柄だと撃ち合いをしていた。これ幸いと右の扉を開け、パトカーの後部座席から逃げ出した。死んだ何人もの警官は皆、僕が撃ち殺した事になっていた。冤罪である。完全な冤罪である。冤罪だろ、と心で叫び、ふざけんなと声に出して叫んだ。国家権力というものの理不尽さを知った。僕は濡れ衣によって逮捕される。逮捕されて牢獄にぶち込まれてブログが書けなくなる。それは困るので、立ちふさがった竹槍を持った農民を棍棒で殴って昏睡させて竹槍を奪って先を急いだ。竹槍はキャラメルのようなものでベトベトしていたので捨てた。捨てて丸腰になった所で外国語を喋る暴徒の集団に襲われて刺された。血がいっぱい流れた。死んでしまうと焦った。今正に死のうとしているところで目が覚めた。

横臥したままでは呼吸もままならない所まで追い詰められたので、慌てて椅子の上へと駆け上がった。そしてペンを取り、足元から紙きれを拾い、ガトーショコラと書いた。必死で書いた。懸命に書いた。ガトーショコラ、ガトーショコラ、ガトーショコラと書き殴った。書いて、書いて、これでもかと書きまくった。ガトーショコラよ僕を助けてくれと、祈る思いで書けるだけ書いた。そして眠ると暴徒が停止していた。完全に停止していた。斧を振り上げ、棍棒を振り下ろしながら、立ち木のように停止していた。再び動き出すと困るので、手前に立つ人から順番に、尖った馬の大腿骨で心臓を突いて行った。一通り突き終わったが、念には念をという事で、左端から順番にもう一度突いて行った。右端まで突き追えた所でサウザーを思い出した。サウザーは奇形である。サウザーの心臓は右にある。もしも暴徒の中に、サウザーのような人物が居たら大変だと思った。念には念をという事で、右胸も突いておこうと思い、一人目の右胸に尖った骨を突き刺そうとしたその瞬間に、暴徒が全員動き出した。暴徒は全員奇形であった。心臓が右側にある奇形人間であった。胸から血を流しながら、斧や棍棒やたいまつを手に襲ってきた。それだけなら、まだいい。一部の暴徒は手榴弾や自動小銃を持っていた。危ない、危ない、と焦りに焦って目が覚めて、ガトーショコラに失望した。ガトーショコラは穀潰しである。ガトーショコラは役立たずだ。

睡眠というものに何を期待するかというと、それは回復である。精神の回復であり、肉体の回復である。心と体が回復した事により、気力も充実する。本来ならば、そうなるはずである。ところが、そうはならない。眠る度に人を殺し、眠る度に憔悴してゆく。こんな理不尽はない。しかも、夢というものは普通は続かない。僕などは一度風呂の中で今正にセックスをせんとする夢を見た事がある。しかしそこで目が覚めてしまったので諦めて、もう一度眠ってみると僕はサバンナの真ん中でモモンガになっており、吠える野犬に追いかけられて一本の木の枝の先へと逃げ、これで一先ずは安心であると油断したら野犬が器用に木を登ってきて追い詰められて心臓が止まりそうになって目が覚めた。夢というものはそういうものでなければならない。

一度見た夢が、目覚めても再び延々続くなどという事があってはならない。ガトーショコラ、ガトーショコラ、ガトーショコラと紙に書いて再び眠って続く夢など前代未聞である。聞いた事がない。すき焼きが駄目なのはまだ許そう。坂本の方のSUKIYAKIが駄目でも、まだ受け容れよう。しかし、である。ガトーショコラまでもが効かぬというのは納得がいかない。チョコレート菓子である。甘いのだ。甘いのである。にも関わらず心臓から血を流した暴徒に襲われる。こんな理不尽があってよいものか、と椅子に座ってガトーショコラと何度も書かれた紙を見ながら、ガトーショコラ、ガトーショコラ、ガトーショコラと読み上げていると、1つの事に気がついた。あれは右胸ではなかったか。

僕が左胸であると思って突いていた暴徒の左胸は、実は右胸であった。左手に尖った骨を持ち、右手を添えて、左で突いていた。左胸に刺さるだろうと思い込み、そこに心臓があると妄信し、見当外れの右胸を突いていたのだ。だから暴徒は死ななかったのだ。それは理不尽な暴徒の奇形によって齎された窮地ではなく、ただ自らのまぬけさによって招いた死地だったのである。それに気がついて少し楽になり、再び眠ると胸から血を流した暴徒に尖った骨でチクチク刺された。襲われて不満げな表情をしたカダフィのように、そんな事をしたら死んでしまうではないか、やめろよと主張しながら刺され続けて飛び起きた。もはや再び眠ろうとする気力は完全に失われており、パソコンの電源を入れWindowsXPの起動画面を眺めながら、僕が突いたのは本当に右胸だったのか、あるいは正しい左胸だったのかを懸命に思いだそうとした。正しかったのか、誤りであったのかを思い出そうとした。けれどもそれは叶わなかった。刺した事は覚えておらず、刺された痛みだけが体と脳とに染みついていた。インターネットに接続し、ガトーショコラで検索した。出てきたものは偽物であった。ガトーショコラではなかった。違う。これじゃない。僕が思い描いていたガトーショコラはこんなものではない。もっとチョコレートでコーティングされて、もっとアンズのジャムが中に挟まっていて、もっと生クリームが添えられたガトーショコラである。少しGoogleを彷徨うとその正体が判明した。名をザッハトルテというらしい。これは失態であった。

ザッハトルテとガトーショコラは別物である。ガトーショコラというものは、猫も喰わぬような菓子である。みるからに不味そうなチョコレート菓子である。パサパサとしており、食感もぼそぼそである。チョコレートの風味も薄い。たいして甘くもない。メロンパンがメロンの欠片も無いのにメロンパンを名乗るのと同じように、ガトーショコラはショコラでもなく、ガトーでもないのにガトーショコラを名乗り、チョコレート菓子でもないのにチョコレート菓子を名乗る鬼子であり、忌むべき存在である。一方のザッハトルテは本物のチョコレート菓子である。まず甘い。あとは知らないが、まあおいしいだろう。ザッハトルテもガトーショコラも一度として食べた事は無い。それでも、僕にはわかる。ザッハトルテは正義であり、ガトーショコラは悪である。ガトーショコラと何度も書かれた紙を床へと振り落とし、他の紙を探してザッハトルテと強く書いた。そして眠ると暴徒に揉まれて血みどろになったので、もう二度と眠りはせぬと固く誓ってpythonとpyScripterをダウンロードした。