眠たさの悲しさ。

眠たければ眠ればいいじゃない、というアントワネットの指摘は正しい。けれども、その正しさは限定的である。眠りたいと思っている眠たい人にとっての正しさでしかない。眠りたいなどと微塵も思っていない人間にとって、その正しさは機能しない。まったくの誤りである。眠たくて何をする気力も湧かない。眠りたいのではなく、他の何かをしたい。僕は眠る為に生まれてきたのではない。眠る為に生きているのではない。そしてまた、眠る為の気力も無い。精も根も尽き果てれば眠れるだろう。それを成し遂げる為には、精も根も尽き果てるまで、眠りたいわけではないのに眠たさのせいで何も出来ないという現実と、出口の見えない消耗戦を繰り返さねばならない。一昨日も、昨日も今日も眠たくて悲しい。息を吸えば悲しいので息を吐いてみるとこれもまた悲しい。それではと呼吸を止めてみればまた悲しい。何をするにも眠たさが立ちはだかり、全ての責任を眠たさに背負わせようとする自らの態度がまた悲しい。がっかりだ。本当にがっかりだ。君には失望させられっぱなしだよ。