寝る前に心がときめいた事は正しい。

生きていると、何が正しいのかわからなくなる。自分は何を望んでいるのか。何を願っているのか。何をしたいのか。何を夢見ているのか。そんな事が、少しずつぼやけていく。わからなくなっていく。

この世界はには、世の人を惑わし、世の人を混乱させ、世の人を騙し、世の人を勘違いさせる事を生業にしている人がたくさん住んでいる。それは大きな商売で、広告、っていうふうに呼ばれている。それだけじゃあない。

自分の人生に主体的な影響を及ぼせなくなった老人達が、他人の人生に影響を与える事で自らのエゴを満たそうと、あなたに近づき、あなたに声を掛け、あなたに絡みついて、あなたの心にアクセスしてくる。まるであなたの味方や、あなたの仲間であるかのような顔をして躙り寄ってくる。老人ったって、歳を取っているっていう意味じゃないよ。

そして僕等は、簡単に惑わされる。そんな人達の手のひらで踊る。何かを食べたい、何かを見たい、何かを読みたい、どこかへ行きたい。入れ替り立ち替り、いろんな事を胸に思う。あんなことをしてみたい、あのような努力をしたい、あんなふうに生きたい。自分自身の色ではなく、あの色で輝きたい。

そして僕等は賢くなる。賢くなって、利口になって、色んな事を知って、体験して、世界はどんどん広がって。生きて、生きて、先へ進んで、あらゆる物を取り込んで、あらゆるものを捨てて行く。楽しいこと、嬉しいこと、おいしいもの、美しいもの、好きな人、愛しい人、大切なこと、譲れないこと。ほんの息抜き、些細な楽しみ、心落ち付ける場所、自らが輝ける場所。

先へ、先へ、先へと進んで、向こう側へと突き抜けて行く。そして人は見失う。自らを見失う。ほんとうに望んでいたのは何だろう。ほんとうに夢見ていたのは何だろう。僕等は夢見ている。僕等は願っている。僕等は望んでいる。ただそれだけの話ではない。目標を持ち、努力し、毎日前進し続けている。遊び耽って少しでも、歩みを止めてしまった日には、自らを責め、叱責し、自分はいけない奴なんだ、って戒める。そんなふうにして自分を良くする。自分の人生を改善続ける。




わからなくなる。

自分が何を夢見ているのか。自分が何を望んでいるのか。自分が何をしたいのか。どんなふうになりたくて、どんなふうに生きたいのか。何が大切なことで、誰を愛していて、どの目標が本当に、自分の心と合致するのか。そんな時は、寝る前の心を見ればいい。そうすれば少しは見えてくる。

寝る前に歯を磨きに行くときに、顔を洗うときに、枕の位置を直すときに、布団を自らにぞんざいにかけるときに。そんなありふれた些細な時間に、一日にたった一度しかない時間に、心がときめいた事は案外正しい。

もう寝ようっていう時だから、判断力は鈍るし、頭は冴えない。大言壮語を語れないし、人からどう見られるかなんて事も気には出来ない。今にも寝ようっていう時だから、誰かを愛したいとか愛されたいとか、誰かに認められたいとか、おいしいものを食べたいとか、どこかへ行きたいとか、楽しい事をしたいとか、面白いものを見たいとか、そんな数多の欲望は、幾らかだけど薄らいで行く。

少しだけ洗脳が融けて、少しだけ情報が減って、少しだけもやがかかり、それと引き替えに少しだけもやが晴れる。そんな時に何を思うか、そんな時に何を夢見るか、そんな時に何を望むか。それは、今現在のあなた自身を、けっこうな割合で反映している。

いろんなものを見てさ、いろんな人に影響を受けて、飛び交う無限の情報の中に身を浸して、そんな日常の中でお天道様が高い時間に思う事よりも、まどろんで、朦朧として、意識も確かではなく、頭も冴えない残り僅かな一日の最後の時間に思う事の方が、ずっと、ずっと、自らの心に誠実で、自らの魂に従順である。




だからこそ、寝る前の1時間くらいは、もう少しゆとりを持って過ごした方がいい。マンチェスターダービーを見てから寝るとか、くだらない自己啓発本の新書を読んでから寝るとか、先週saleでダウンロードしたゲームを少し遊んでから寝るとか、自動録画しておいたバラエティ番組や海外ドラマや、あるいは深夜アニメを見てから寝るとか、電車の中で既に読んだ青年漫画の最新刊に目を走らせながら眠るとか、そんなふうに過ごしてはいけない。

あなたはサッカー選手にも、宇宙飛行士にも、F1のドライバーにも、海賊王にもなれやしない。けれどもそれと同時に、何にだって成れる。どこへでも行けるし、どんな風にでも生きられる。人生は可能性であり、人生は無限の選択肢だ。それを制限するものは、実はそんなに多くない。

ただ条件が一つだけあって、自分の心を取り戻す事。ほんとうの心、正しい心、自分が願っていたはずのこと、自分が夢見ているはずのこと。それに少しだけでも近づいて、指先だけでも触れること。その為に、一日の終わりを使う。喧噪と距離を置いて、情報と距離を置いて、本を閉じて、テレビを消して、PCの電源を落として、自分の心に耳を傾け、自分の眠たさを信じてみよう。曖昧になる意識の中で、今にも眠りに落ちる瞬間、その瞬間に心を時めかせていた事は、案外正しい。いいえ、そう、結構正しいのだ。それがあなたの夢であったり、目標であったり、願いであったり、あるいは、明日一日心に掲げて過ごす指針であったりする。もしかして。