やりたい事からやる。やりたい事だけをやって生きる。

やりたくないことを放置すると、やりたくないことは肥大化する。やりたくない事はどんどん大きくなるばかりで、あなたの生活に支障を来たし、あなたの人生を阻害する。やりたくない仕事を行い、片付けない限り、やりたくない事はなくならない。

その事実だけを見ると、一番やりたくない事を、まず最初に片付けてしまうのが人生に対する正しい対処法に思える。けれども、実際は違う。人の気力と体力は有限である。そして人は移り気な生き物である。やりたい事を放置して、やりたくない事を懸命に行い続けていると、かつては心から望み、やりたかった事が、次第に色褪せていく。

やりたかった事は、どうでもよい事になる。どうでもよい事は気乗りしない事になり、気乗りしない事はやりたくない事へと変化する。やりたくない仕事をし続けるうちに、やりたい事が消えて行く。人生はやりたくない仕事で埋め尽くされ、来る日も来る日もやりたくないことを懸命にそして無惨に繰り返し続けるだけで人生が過ぎて行く。

そんな末路を辿らない為に行える唯一の方法は、一番やりたい事からやる、という選択肢である。行く手を遮る数多の物事のなかから、一番やりたい事を選び、一番やりたい事に挑む。気力も体力を消耗する前に、魂に火が灯っているうちに、やりたい事をやる。やりたい事からやる。やりたい事だけをやる。

そんな生き方は絵空事だと思われる人も居るだろう。けれども、案外、そうではない。人生なんて簡単なものだ。人生なんて案外、容易い。やりたくない事は、やりたくないからやりたくないのではなく、やらなくていいからやりたくないのだ。やりたくない仕事を回避する方法は無数にある。ところが僅かでも視野が迫ると僕達は、やらなくても良い事を、やらねばならない事だと思い込んでしまう。やりたくない事はやらなくていい。一生、やらなくていい。

とは言っても、やらなくていい、ってわけじゃない。やらないんじゃない、やるんだ。やりたいことをやるんだ。何もしないのは、一番悪い。何かをしていると、たとえばやりたくない事でもし続けていると、人のさがとは悲しいもので、やりたくもない物事の過程で誇りを抱き、やりがいを感じ、その完遂に満たされる。そしてそれは生き甲斐に転じる。やりたくない事だけをやり続けただけの人生ですら、自然と少しの光りを伴う。

もちろん、一番いいのはやりたい事をやることだ。やりたいと思うことをやる。一番やりたいことからやる。そうすれば成功は約束されたようなものだ。やりたい事だけをやり続ければ、自ずから素晴しい道が開ける。それは当たり前の話で、とても簡単なことなのだけれど、実際はそんなに簡単ではない。

この世界は人の心を操作して利を得る輩で満ちている。その雑音の中で人は、自分自身がほんとうに今一番やりたいことをすぐに見失ってしまう。自らが本当にやりたい事を知るのは不可能に近い。「これこそが自分のやりたいことだ」と思って生き、「これこそが本当にやりたかった事だ」と懸命に頑張ってみても、其の実は「だれかがおまえにやらせたかったこと」でしかない。

邪なノイズで埋め尽くされたこの時代において、やりたいことをやる、一番やりたいことをやるなんてのは、性質の悪い妄想でしかない。僕等が生きて行く為には、やりたいかやりたくないかではなく、やらねばならぬかどうかで物事を判断し、立ち止まることなく手当たり次第に何かを行い続けるしかない。