2013年7月24日水曜日

退路を断つとはどういう事か。

人は退路というものが後ろにしかないと知らぬ間に思い込んでしまっている。しかし島津義弘が後ろに下がれず、前方に退路を見出し前に進んで退いたように、退路は往々にして前方に現れる。源義経もまた後ろに下がれず前に進んで奥州に入りそこで討たれた。退路とは進路であり、退路とは未来である。間違った退路を断たない限り、正路を進むは難事である。退路は断つべきである。今すぐに立つべきである。可能な限り立つべきである。退路は全て断たれるべきである。

果たして、退路を断つとはどういう事か。

退路を断つとは、全ての選択肢を行き止まりまで突っ走ることである。全身全霊全力で生きて、一秒人とも油断せず、弛まぬ歩みを全力疾走、一生懸命生き続け、全ての退路を行き止まりまで突っ走り、「ああ、この先にはもう何も無い」 という事を確認した上で、行き止まりのない正しい道を引き当ててそこもまた、全力で走り続けることこそが、唯一退路を断つ術である。

椅子から落ちた。

一段落したので、椅子の上で背伸びをしたら、バランスを崩して椅子ごと倒れた。衝撃でしばらく身動きが取れずそのまま寝ていた。どうにかして転がり起きてしばらくたったけれど、胴体が中から痛くて気が重い。あまりのばかばかしさに滑稽だなと思うけれど、笑う気力無し。