アル中になりたい。

ネットサーフィンをしていると古いドキュメンタリー番組に行き当たった。

それは東京のどこか見窄らしい町の一角を舞台にしたドキュメンタリーで、高校の時にいじめられて引きこもり、酒浸りでアル中になった初老の男が町に出て働くという番組だった。男は虚ろな目で番組のスタッフに焼酎をねだり、4リットルはあろうかという巨大な焼酎のペットボトルと、空っぽの一升瓶に囲まれて暮らしていた。父親は幼い頃に死んでおり、その位牌や遺影それらを納めていた少し高そうな木製の棚は、酔った男の火の不始末により真っ黒に焼け焦げている。生活の糧は明日にも死のうかという瀕死の老婆の僅かな年金。

その年金が老婆の手によって郵便局から引き出されると、アル中の男とは違う理由で足元の定まらない腰の曲がった今にも倒れそうな年老いた老婆は、年老いてなお衰えぬはっきりした勇敢な意識だけをたよりに東京のどこかで古くから忘れられた見窄らしい町を颯爽と歩き薄汚れたおでん屋に辿り着き、大ジョッキでビールを飲む。そこへ男がやってきて金を寄越せという。借金取りが来たので3万円を返さねばならない。それを聞いた老婆は僅か3枚の一万円札を数えるのに5分もの時間をかけ、テレビカメラとおでん屋の店主とその客が、乾ききった作り笑いを浮かべて見守る中で哀れ立ち尽くす初老の男をネチネチとなじる。おまえのような気楽な暮らしがしたい。おまえのような気楽な人生を生きたかった。おまえがうらやましいよ。そう言って捨てる老婆に、男は呂律の回らない舌で、懸命に探した言葉をたどたどしく繋いで言い返す。そんないいもんじゃない、そんないいもんじゃないよ、実際。実際は。

かくして老婆は怒り狂い、どっしりと椅子に腰掛けたままで時々ビールを流し込みながら、世間様はおまえを笑っていると、立った男を罵り続ける。わたしが死んだらどうするんだ。おまえだってもうそろそろ年金をもらえるとしだろう。でもあんたはもらえないよ。なにも納めちゃいないからね。わたしが死んだら終わりだよ。あんたは、わたしが死んだら終わりだよ。わたしは明日死んでもおかしくない歳なんだ。あんたはまだ若いだろう。それからどうするんだ。その先どうするんだ。ひとしきり罵り、酒も進み、いい気分になり、気の収まった老婆が男に3万円を手渡すと、初老の男は500円と言う。500円何に使うんだ?焼酎、焼酎。そうしてまたしばらく老婆と酒が続いた後で、男は500円を手に入れる。果たしてインターネットなど存在すらしない、見窄らしい町の経済は酒とアルコールで回ってゆく。

男と老婆だけではない。町は酒でやつれた人々で満ちている。かつては腕の良い職人であった小林という男が、老婆の体と男の人生を気遣って何度かその元を訪れるが、その小林もまた、酒で保証人になり借金を作り、自らの工場と貯金を全て失い、酒を飲んで暴力を振るって家庭を壊して酒浸りだ。男の誕生日に小林がケーキを買って老婆と男の住む家を訪れると、3人はいつものように酒を飲み始める。小林にとって老婆は気分良く酒を飲むための道具でしかなく、小林にとっての男は自らの酒乱によって失われた自らの家庭を擬似的に再現して酔う為の道具でしかない。男がケーキに割り箸を刺して食べ「まずい」と一言つぶやくと、全てが壊れる。「これまずい」それを聞いた小林は怒り狂って男を罵りながらコップに注がれた焼酎を飲み干し、帰るわと言って颯爽と立つ。老婆もそこに便乗してまずいなら喰うな、二度と喰うなと男を罵り酒を飲む。男は男で左を向きながら男は男の酒を飲む。もちろんそれは本来ならば、男の酒ではないのだろうが。

そんなおり小林が入院する。小林は酒の飲み過ぎで食道炎になり、炎症が腫瘍になって食道が詰まったので、手術でそれを取り除いた。倒れた小林に男が果物を持って見舞いに訪れる。「あんまりお酒を飲んではいけないよ、ほどほどにしないと」男は小林を気遣って言う。おまえに言われたかないよ、おまえに言われたかないよ。小林は二度繰り返す。手術は成功したそうだが、この町の住人は誰もが酔い、誰もがどこかを病んでいる。

かくして今にも倒れそうな老婆が遂に倒れて入院すると、男は部屋にあった巨大な焼酎のペットボトルと一升瓶を窓の外に積み上げ、まだ残っていた酒を軒先に撒いて捨てる。にわかに精悍さを取り戻した男の顔から髭が取り払われ生気が宿り、ハローワークへと男は赴く。しかしながら職は見つからない。年齢は五十。職歴はなし。酒で舌は回らず、真っ直ぐ立つ事も出来ず、後ろから見れば酩酊者と見まごう程に足元が危うい。正面に回れば精悍さを取り戻した男の顔も、社会というラーの鏡を通してみれば招かれざる怪物である。

次の日には小林に立派な革靴をもらい、小林を伴って同じ場所を訪れるが、事態は進展しない。評判の腕の良い金型職人としてその生涯を生き抜いてきた百戦錬磨の小林が男に職を与えようと様々な交渉を行うが、男を雇おうという会社は見つからない。かくして小林の心は折れ、深くため息をついて肩を落としカメラの前を去ってゆく。小林にはまだ籍の外れていない妻が居る。お酒さえ飲まなければいい人なんだけれど、とカメラを直視する事なしに言う。六十になって孫も居てなお、過ぎ去りし日には抜群の美人であったろう事が見てとれる美しさを漂わせる小林の妻は、この番組は放送出来ないかもしれませんね、とカメラクルーに言う。小林の病名は食道癌で、余命は3ヶ月。番組に出来るだけの収録が終わる前にあの人は死んでしまう、それでも放送するのですかと、問い詰めるでも問いかけるでもなく呆然としながら言葉を丁寧に並べてゆく。小林の妻はかつては看護婦で、喉が詰まるような感じがすると聞いてすぐに病院に検査に行かせたが、既に手遅れだった。思い出したように孫に会わせ、小林の腕を強く抱えて初詣に行き、どうにか同居は出来ないだろうかと幻の人生を手探りで探るが、小林の妻にも家族が居る。

ハローワークは頼りにならず、仕事が見つかる気配のない男は半ば発狂して取り乱しながら、電車に乗って2つ隣の町に行き、雇ってくれ、雇ってくれと、その町をトロール船のように巡っていく。人手不足の警備会社の採用担当の男が男としばらく問答をし、ドキュメンタリーのテレビカメラとカメラクルーの方に意識を向けて物々しい表情を作ったあとで、見習いならばという事で男を採用する。男の念願は遂に叶い、男は職を手に入れる。かつてテレビクルーに焼酎をねだっていた頃は狂犬病に罹患した白豚のような目をしていた男は酒を断ち、まるで人間のような顔をして出勤してゆく。数日で退院してきた老婆はそれを拍手をしながら見送ってから定食屋に行き、仕事仕事でかまってやれなかった私の子育てが間違っていたのではないかと、深い後悔に捕らわれながら祝杯をあげる。

真っ直ぐ歩く事も、車止めを2つ同時に持ち運ぶことも出来ない男は精悍な目と意思の力だけを武器に働き、警備会社の寮で寝泊まりし、遂に給料を持ち帰る。小林と老婆と男は3人で、それなりにする焼き鳥屋で焼き鳥をつまみに酒を飲む。小林は男に何度も注意される。飲み過ぎてはいけませんよ、少しにしないと。かつての悲壮感はどこにもなく、幸せな老婆と、幸せな男と、幸せな小林がそこには居て、かつての酒は失われ、新しい酒がそこにはあった。

二週間後に取材クルーが男の家を訪れると、扉を開けた男は首も据わらぬ赤子のように酩酊している。老婆は再入院。小林は仕事をやめて酒浸りに戻った男に激昂し、二度と男の居る家には行かないとテレビの取材にすら敵意をむき出しにする。これでは番組にはならないと、テレビが取材を打ち切ってからしばらくして小林から連絡が入り再び男の家を訪れると、男は死んでもう既に居ない。

暑い夏の日の夕暮れに小林が男の家を訪れると、男は紫色になって冷蔵庫の前に倒れていたそうだ。老婆が三度入院したせいで、水道は止まっていたものの、冷蔵庫には冷えた水があった。熱中症になり水分を求める身でありながら、冷蔵庫の冷えた水ではなく、生ぬるい焼酎を懸命に飲んだのだろう。この繁栄した現代の日本で屋根の下で熱中症で死ぬというのはと、誰もが言葉を濁していた。

かくして退院した老婆は寝たきりになり、突然日本語も不自由になった。老婆に生気が戻るのは、小林に誘われてビールを飲みに出て、かなりの酒が入った時だけ。「まあいろんなことがあるよ」と小林が言い、「まあいろんなことがあるねえ」と老婆は言う。無論の事そのようなドキュメンタリー番組は存在せず、これらはnozbeに8160円課金して最初のタスクにブログを書くとだけ登録しただけで、他のタスクは何も思い浮かばなかった空っぽの人生を生きる一人のブロガーが賢明にブログを書こうと苦闘した中で生み出された半ば妄想の産物であり、ここで言うアルコールとは決してビデオゲームのことなどではなく、それはブログのメタファーなのではないかと、僕は今でも疑っている。