人生を一つにしよう。

いくつもの事をいくつも同時に夢見て、いくつも同時に進めていると、全てのことが混ざり合う。マーブル状になったその現実をスプーンですくって食べていると、少し食べただけで満足してしまう。空腹は去った、それで、さて。

餓えなければならない。僕は餓えなければならない。私は餓えなければならない。空腹で身もだえながら部屋中の十円玉をかき集め、マーガリンの挟まったパンを歩いて買いに出かける程の、飢えを受け入れなければならない。それを望まねばならない。そして戦わねばならない。

餓えて、餓えて、餓えた末に僕が望んでいるものは、塩で煮詰めた段ボール程度の未来である。飢えと闘い、飢えに打ち勝ち、たとえばそれに辿り着き、気の済むまで食べたとしても、僕は幸せにはなれない。飢えは僕を幸せにしない。飢えとの戦いは、僕を幸せにはしない。

僕を幸せにするものは、おそらく穏やかな暮らしである。そして僕はそれを望んでいない。僕が望んでいるものは、そして望み続けたものは、塩で煮詰めた段ボール。たとえば穏やかな暮らしを手に入れて、十分な生活を築き上げ、余興として、冗談として、遊びとして、娯楽として、段ボールを塩で煮詰める事は簡単である。実際に世の中を見渡せば、段ボールを塩で煮詰めてそれを舐め、口に含んで吐きだしてケラケラと笑っている御仁が大勢居る。私はそうはなりとうない。

僕は餓えなければならない。飢えと闘わねばならない。飢えに打ち勝たねばならない。自らがぼんやりと抱いた目標に向け、懸命に前進し続けねばならない。海まで歩き海水を手ですくい太陽に向けて高くかざし、そこに僅か数粒の塩の結晶が浮き上がるのを何度も何度も繰り返さねばならない。山で木の皮を剥ぎ水に浸けて木槌で叩きその切れ端を寄せ集め編み上げて茶色に染めて糊付けし、段ボールを作らねばならない。そうまでして作った段ボールを、苦労して手に入れた塩の結晶を元の木阿弥溶かした水で、煮詰めて煮崩れさせねばならない。それが人生だ。僕の最高の人生だ。塩で煮詰めた段ボール。ふっ、そんなもの。笑うな。泣くな。