あの日夢見た輝かしいインターネットの世界も今じゃ、僕を侮蔑する広告で満ち溢れている。
アコム、プロミス、育毛剤、ルフトハンザのビジネスクラス。朝日新聞、毎日新聞、日経新聞電子版。お見合い、出会い系、DMMのエロゲーム、やっててよかった公文式。電子書籍、ボタンの無い携帯電話にウインドウズのタブレット。パチンコ、パチスロ、2週間での痩せ薬。得体の知れない豆から作られた発泡酒、アルコール飲料、ビール。クレカ、クレジットカード、クレジットカードで作った借金の清算。包茎、レーシック、植毛。賭博サイト、証券会社、二日酔いに効く丸薬。東京のマンション投資、マレーシアのマンション投資、借金の過払い請求の弁護士事務所。
インターネットという場所は、見る者を喜ばせる為に何かを書いたり何かを作ったりする人達によって作られる場所ではなく、見る者を侮辱しあざ笑い、その心を痛めつけようとする広告を見せつけたいが為に何かを書いたり作ったりする人達によって形作られている。そんな場所で毎日を過ごし心も荒んでうんざりした僕は、1つの名案を思いついた。女として生きればいい。
僕を侮蔑するくだらない不愉快で目障りな広告がインターネット上に散乱しているのは、僕が男だからだ。インターネットは僕のことを男だと思っている。男というのはくだらない生き物で、くだらない生き物に向けられた広告だから、僕のインターネットは僕を侮辱し、不愉快にさせ、酷い気分にさせるのだ。
女として生きる事が出来れば、インターネットに僕を女だと思わせる事に成功すれば、世界は変る。美しく変わる。これまで僕が無理矢理目にさせられてきたような、ひどい低俗なインターネットは消え失せ、美しくて軽やかで、それでいて幸せなインターネットが僕の目の前に現れるのだ。この名案に僕は思わず飛びついた。
firefoxの全履歴を消去した上で、うら若き乙女がインターネットで検索しそうなフレーズを検索し続け、うら若き乙女がインターネットで見そうな小洒落たウェブサイトや口コミサイト、あるいは甘い甘いスイーツなウェブサイトなどを懸命に、一生懸命になってウェブサーフィンし続けた。すると世界は見事に変わった。僕がこれまで見続けてきたようなインターネットは眼前から、綺麗さっぱり消え去った。僕の目の前に現れたのは、全く新しい軽やかな、初々しい春のインターネットだった。
ホットヨガ、勝負下着、見た目の印象よりもアルコール度数が高い酒。肌年齢、矯正下着、飲むだけで痩せる飲み物。ボタンの無い携帯電話、ウインドウズのタブレット、男同士のエロ書籍。ヘアカラー、化粧品、化粧を落とす洗浄剤。髪に艶とハリが戻るシャンプー、美白剤、足が長く見えるストッキング、寝るだけで垂れた胸が上を向く就寝用ブラジャー。日給5万円のアルバイト、年収1000万円の男との出会い、通貨を用いた賭博、僅か4万8000円で行ける南の島。アコム、プロミス、クレジットカード。風呂に入るだけで美しくなれる入浴剤、女の若はげに効く育毛剤、食べても太らないそれどころか痩せるクッキー。永久脱毛、美容整形、豊胸手術、レーシック。
それら広告が指し示すところによると、女という生き物はかわいくて、美しくて、それでいて幸せでなければならないらしい。足が長く細く見えるようになるとの主張が成されるヒップアップストッキングの広告には、外国人の血が5/8も入った股下85センチの読者モデルが高いヒールを履いて夢と希望以外は何も入らないであろう小さなバックを片手で持ち、かわいく美しくそれでいて幸せそうに町を行く。梅雨の湿気に負けたもじゃもじゃの髪が洗うだけで蘇るシャンプーの広告には、縮毛矯正とストレートパーマに一年で10万円もの金をかけた女優が広告撮影用のスタイリストによって整えられた長い黒髪を美しい螺線で振り乱しながらにっこりと笑う。
それはまるで、浅黒い肌をしたアジアの国の政治と経済を牛耳る華僑の誰かが、肌の白い華僑の女優をコマーシャルに使うことで、美白の化粧品を巧妙なマーケティングによって国中に売り、浅黒い肌の女はその頬の色によって醜く貧しい生き物とされるような価値観の押しつけ。そんな不幸せとは無縁であるはずの北に位置する先進国の、本当は女ではない日本の僕が見るインターネットの世界にも、まったく同じ悲しい光景が再現されてしまったのである。かわいさは辛い。美しさも辛い。幸せはなおさら辛い。女として生きていくのは辛い。