僕は昨日死にました。けれども今日は生きています。命のないところから、命が生まれたのです。生命の誕生、即ちここに素敵な神秘があります。けれども残念なことに、ここに生まれた生命は、一昨日までの僕と同じ生命なのです。38億年前の偶然から起きた不思議な奇跡とは違い、無から生命は生まれませんでした。ただ一度死んだ僕が、生き返ってしまっただけなのです。
インターネットは誘惑で満ちています。何故ならば、インターネットは素敵だからです。僕達の生きている世界には、素敵なことなんて何もありません。ひとたま98円の出来の悪い白菜を、テフロンの禿げたフライパンに油をしいて焼き、それに醤油を回してかけて、白米を食べる毎日です。食欲はもうありません。ただ空腹があるだけです。インターネットは違います。おいしいもので満ちています。インターネットを見ているだけで、食欲が溢れ出てきます。素敵な画像が、素敵な音楽が、素敵な動画が、素敵なテキスト以外のありとあらゆるものが、インターネットには溢れかえっています。インターネットは魔法です。別の世界の魔法です。それ故に、ハードディスクに保存したいと思うものに、毎秒毎秒行き当たります。
インターネットで行き当たった画像や動画や音楽を、根こそぎダウンロードする為に、片っ端からirvineに展開しながら放り込んで、ハードディスクに保存していきます。僕にはそうせねばならない理由があります。何故ならば、インターネットは消えるからです。いつか消えてしまうからです。私達が見ているインターネットは、接続すれば常にそこにあり、未来永劫消えないように思えるのですが、その実は極めて儚く、まるで上西小百合やダルビッシュ有のツイートのように、跡形も無く痕跡を消して、あっという間にインターネットから消えてゆきます。故に、僕は思い、そして、強いられるのです。保存せねばなりません。インターネットを保存せねばならぬと、消えゆくインターネットに追い立てられて走るのです。
インターネットは広大で、素敵なもので満ち溢れていますので、保存したいと思うような素敵な画像や動画や音楽を、見つけるのはとても簡単です。百度に、skidrowとか、"│2D.G.F.│"とか、jav torrentなどと打ち込むだけで、私達の世界には決して存在していないような、素敵なものに大量に出会えます。それらをいちいち手動でダウンロードしていてはきりがありませんから、この為に一生懸命勉強した正規表現を用いてirvineに登録して、連携したbit commentに送るだけで、ハードディスクドライブの容量が、もの凄い勢いで減っていきます。3.63TBという、あの頃は想像も出来なかったような大容量のわたしのDドライブの残量が、あっという間に30GBになってしまったのも自然の道理と言えるでしょう。Cドライブは遠い昔に限界です。
そこで、わたしは名案を思いつきました。新しいハードディスクを追加すればいいのです。幸いにしてハードディスクの値段は日に日に下がってゆき、今ではまるで無料みたいなものです。だって、新しいハードディスクを買うだけで、本来ならば何百円、いや何千円もするような、画像や動画や音楽を、大量に保存することが出来るのです。ハードディスクは今ではまるで、無料で買える電子機器です。
そうです。わたしはハードディスクを買いました。8TBです。8テラバイトです。どのくらい巨大なのかはわかりませんが、空より高く、海より深い事だけは確かです。インターネットに無数にある、保存したいと思うものを、全て根こそぎ片っ端から、保存出来るに違いありません。不幸はここから始まりました。
ハードディスクをパソコンに取り付ける為には、たいへんな作業が必要です。干渉するグラフィックカードをパソコンから引っこ抜き、CPUクーラーも引っぺがし、絡まるコードを掻き分けて、やっとのことでハードディスクを取り付ける事に成功します。試しに起動してみると、ハードディスクはものの見事に、その容量を誇ります。成功でした。大勝利でした。ところがです。実体は違ったのです。
大量のハードディスクに満足して、いつものようにdota2を起動し、いつものようにdota2をプレイしていると、まともにプレイ出来ぬのです。紙芝居になるのです。FPSが、1くらいしか出ぬのです。操作もまともに受け付けてくれず、強制終了すらままならぬのです。そうです。僕は死にました。こうして僕は死にました。
死は突然に訪れます。人は死ぬとどうなるでしょう。答えは一つです。インターネットが出来なくなります。僕等はあの頃とは違い、インターネットを介さずには、ビデオゲームも遊べません。僕の人生にはインターネット以外に何もありません。インターネットがあるだけなのです。そのインターネットが、断たれようとしていました。ハードディスクの増設に成功すると同時に、僕のインターネットは壊れ始めたのです。そして遂に、動かなくなりました。インターネットは死にました。そうして僕は死にました。死んでわかりました。死はかなしいものでした。死はせつないものでした。死はくるしいものでした。CPUのクーラーの、ピンをかちっと填めただけで、生き返ってしまった今、僕は死というものを理解しました。インターネットは地獄です。わたしにとっては残念ながら、死よりもつらい場所なのです。