2019年2月7日木曜日
ふしぎなポケット
生活力がない。どのくらいないかというと、パンツを買う体力がない。故にパンツがない。パンツを履かずに生きている。いや、待たれよ。おかしな話だと思われる諸君もおろう。確かに、その通りである。僕だってかつてはパンツを履いて生きていた。けれども、今はパンツを履かずに生きている。つまり、かつてそこにあったはずのパンツがどこかのタイミングで消失したのだ。そんな不思議な話があってたまるものか。パンツは無から生まれず、故にパンツは無に帰さない。にもかかわらず僕のパンツは無くなった。これには原理がある。パンツというのは、布で出来ている。布というのは糸で出来ている。僕のパンツは無になったが故に失われたのではなく、パンツから布へ、布から糸へと先祖返りすることにより、パンツとしての機能を果たさなくなったのだ。故に僕にはパンツがない。パンツがないので仕方が無いのでズボンを履いて生活している。当たり前である。わたしは文明人である。たとえ誰の目にふれない部屋の中であろうと、下半身丸出しのすっぽんぽんで生活しているわけではない。ちゃんとズボンを履いている。ルームウェアである。まあ、パジャマみたいなものだ。これを履くだけで、すっぽんぽんにならずにすみ、文明人としての威厳と人としての尊厳が保たれる優れものである。ただし、このズボンとて完璧ではない。ちょっとした1つの欠点がある。このズボン、幸いにして、布から糸への先祖返りは起こしていないものの、腰のゴムがゆるゆるになってしまっている。故に、僕のズボンはすぐにずり落ちてしまう。ずり落ちるとどうなるかというと、すっぽんぽんになってしまう。文明人として、ズボンがずり落ちてすっぽんぽんの男、などという実情は決して受け入れがたい。そこで僕は妙案を思いついた。ズボンにはポケットがついている。パンツすら存在しない私の身辺には、ポケットに入れて大切に持ち歩きたい物などあろうはずもないので、ポケットは無用な長物である。その無用の長物たるポケットが遂に我等人類の役に立つ日が訪れたのである。この英明なるわたくしによって。まずはじめに、ポケットを裏返しにして出す。右も左も同じように出す。そしてその出したポケットとポケットを前で結ぶ。するとポケットは瞬く間にベルトと貸して、僕のズボンは決してずり落ちない。文明人としての威厳は保たれた。人としての尊厳が保たれた。ポケットとポケットの結び目の僅か下からは、ちんちんと金玉がぽろんとこぼれ落ちている。我に尊厳なし。私はもはや人ではなく、ここに人生はない。ふしぎなポケットだけがある。