リアルイナゴに、食い尽くされて。



ブンブン丸が小林尊にはなれない理由というエントリーの幾らかは、致命的に間違っているとは言えない。その考察には幾らか、正しいものがある。しかし、それらは余りにも表層のみを幻想主義に基づいて語りすぎている。即ち、その全てが致命的に間違っている。アンデスに伝わる古い諺で言う所の、木を見て森を見ずの典型である。








ブンブン丸が小林尊になれなかった本当の理由。


ブンブン丸は、小林尊になれなかった。
僕は、両者とも動く姿を見たことがないのだけれど、前者と後者の違いはよくわかる。小林尊は今もTVに出ており、視聴者一定の支持を受けている。一言で言うならば人気者だ。一方のブンブン丸はTVなどには出ておらず、世間的に言えば完全に消えた過去の人である。

その事実だけを元に語るならば、その幾らかは正鴨を得ている。しかしながらその考察の全ては、「小林尊になったゲーマーがいる」という事実を完全に無視している。

いや、無視しているというよりも、高橋名人の名前が文中に出ている辺り、小林尊になったゲーマーの存在を筆者はおそらく、知らないのだと思う。アンデスにはこういう諺がある。「1人の人間にとって、知らないものと存在しないものは等しい」








「小林尊になったゲーマーの存在」
というのは、少し誤解を招く表現かもしれない。
彼らは、小林尊を遥かに超えた存在である。


その筆頭に位置するのは、Fatal1tyだ。
googleに聞く。

takeru kobayashi : 134,000hit
小林尊 : 73,200 hit
合計で、約20万hitである。

一方のFatal1ty。
"Fatal1ty" : 3,790,000 hit。
約、380万hitである。

その差、実に10倍以上だ。




TIME誌が、フォーブス誌が、ニューヨークタイムズがFatal1tyを取り上げ、MTVの作った彼の特集番組は全米はおろか世界中で放映された。幾つもの企業を個人スポンサーとして持ち、彼の名を冠した帽子が、シャツが、マウスが、マザーボードが、グラフィックスカードが発売された。Fatal1tyは、世界で初めて年間100万ドルを稼いだプロゲーマーとされている(異説有り)、その世界では最も有名な男である。


一方の小林尊はどうだろう。
確かに彼はTVスターである。

けれどもそれは、「ブンブン丸がなれなかった」とまで書く程のスーパースターなのだろうか。とてもではないが、僕にはそうは思えない。もちろん、ブンブン丸とは比べものにならないくらいのスターなのだろうが、それはブンブンが小さいだけだ。




Fatal1tyだけではない。
皇帝と称され、60万人のファンクラブを持ち、映画にも出演し、韓国の国民的なスターとなった、全てを変えた男BoxeR。彗星のごとく現れて1万ドル規模の世界大会を連取し、中国国営放送にも取り上げられた中国の英雄、始皇帝WI.IGE.sky。WarCraft3シーンそのものと称えられ、王の座に君臨しつづける男、歩く4K.Grubbyこと4K.Grubby。Fatal1tyを粉々に打ち砕いて世界の頂点に立ちながらも、惜しまれながら学業のために活動を一時休止した、"Fatal1tyを泣かせた男"フライングダッチマンVoO。

彼らを始めとした多くの人が、小林尊を超えているように思える。
けれども、問題は、そんな所にはない。
もっと別の所にあるのである。












ブンブン丸を取り上げた番組。
即ちASAYAN。



ASAYANは如何にして生まれたのか。
その答えは極めて単純にして明快である。

ASAYANは何故、VF2を取り上げたのか。
その答えは極めて単純にして明快である。

ASAYANはどうして、VF2を捨て去ったのか。
その答えは極めて単純にして明快である。











ASAYAN。
それは、電通によって生み出された。



若者にターゲットを絞ったその番組は、体力の低い放送局という特性上、安いタレントを使い、安い企画を次から次へと繰り出し、それら視聴者が飽きる前に小刻みに切り替える事により視聴者をつなぎ止め、少年ジャンプのように、いくつかの企画に依存しながら、他の企画を育てる、という形でその姿を変えながら視聴者を集め、長く発展を続けた。

その番組、即ちASAYANに込められた意図は単純なものだ。
金儲けである。




電通はASAYANで儲けようとした。
奴らは手段は問わない。
金になればいい。
それが電通だ。

低予算という特性上、素人に近いタレントが次から次へと起用され、片っ端から通り使い捨てにされていった。料理人、社長、デザイナー、そして三流芸人。一言で言うならば、ASAYANは、"一芸に秀でた素人"をいじり、笑いものにして使い捨てる番組であった。




そしてそのターゲットに、バーチャファイター2が選ばれた。
どうしてバーチャファイター2が選ばれたのか。


話は単純。
電通が、SEGAをテレ東に連れてきたのだ。








単純。
そう、それは極めて単純な話だった。

鈴木裕、即ちSEGAはバーチャファイターで一定の成功を収め、日本中のゲームセンターの全てを制したストリートファイター2から一定の顧客を奪う事に成功した。そして、それをさらに進化発展させた社運を賭けた大作、バーチャファイター2を生み出した。

ちょうど、その頃だった。
バーチャファイター2は素晴らしい完成度を誇り、日本中の本物を知るコアなゲーマーから強い支持を受けた。VFの有名プレイヤーは皆、失望する事無くVF2に移行した。




SEGAは「行ける」と思った。
同じ頃、電通も「行ける」と思った。

電通は顧客であるセガ・エンタープライズに企画を持ち込んだ。
御社のバーチャファイター2を番組で取り上げる。
だから、ASAYANのスポンサーにならないか?




SEGAは乗った。
その話に乗った。

時はSONYとSEGAが任天堂に挑んだ次世代機戦争。




セガサターンのメインウェポン。
それが、VFシリーズだった。
SEGAの財布は緩かった。




電通は見事に我らがSEGAをたらしこみ、1時間の番組の中の1ブロック、CMに挟まれた10分程度の短い枠を、数週間に一度VF2に差し出すことにより、大川功という巨大な貯金箱を持つ一部上場企業を、ASAYANスポンサーの列に加える事に成功した。

それは、当時のASAYANの貧弱なスポンサー陣からすれば、大金星だった。
金が流れた。
電通に流れた。
セガから流れた。




そして、VF2はしばらくして、ASAYANから消えた。
理由は単純にして明快。
金にならなくなった。
それだけである。




電通はSEGAとASAYANを結びつける一方でSEGAを凌駕する大口顧客であるSONYと蜜月を築いた。テレビ東京のような弱小局の、ASAYANという色物番組などではなく、日本中に支局を持つ全国局の人気番組隅々で、プレイステーションのCMが途切れる事無く流れ続けた。それまでのTVCMでは考えられなかった「他社の商品のCMを流す」という企画をSONYに持ち込み、その広告戦略は電通の思惑通りに見事採用され、FFが、DQが、SONYの巨額の予算によってお茶の間に届いた。しばらくして、いや、少しも待たずして、次世代機戦争でのセガ・エンタープライゼスの敗北はすぐに明らかになった。SEGAの経営戦略は行き詰まり、資金的にも苦しみ、財布の紐は閉められた。




そして、SEGAは、手を引いた。
ASAYANから、手を引いた。

全くという程に数字の取れていなかった「VF2」というコンテンツは、それと同時に姿を消した。ブンブン丸になにが出来ただろう?当時有名だったVF2プレイヤーに、一体なにが出来たのだろう?僕はこう答える。「何も出来なかった」と。




"ASAYANなどで全国放送されるほどの人気となった。 "
ASAYANで全国放送されたのは事実だけれど、それは違うのである。









ゲームの話に行く前に、ASAYANのその後について少し書いておきたい。

電通は、VF2とASAYANという組み合わせから、1つの物事を学んだ。ASAYANというテレ東の色物番組に、大手企業をスポンサーとして付ける方法である。

ターゲットはゲームではなかった。
「ゲームは数字が取れない」そんな事くらいはわかっていた。
ASAYANがVF2を取り上げたのは、数字(視聴率)の為ではなく、あくまでもスポンサーを得る為だった。電通が選んだもの。それは音楽だった。VF2から数年後、ASAYANは1つの企画を放送した。その企画によって、1人のスターが作り出された。小林尊よりもビッグかどうかは知らないが、1人のスターが作り出された。平家みちよである。

その実験は成功した。
少なくとも、実験としては成功だった。
素人オーディションという、古典とも言えるジャンルを、ASAYANが培ってきた「素人同然の人々を料理する」という手法でリメイクしたその企画は、一定の成功を収めた。平家みちよはそれなりの数字を取り、平家みちよはそれなりに売れた。




「行ける。これは、金になる」
電通は思った。
そう考えた。




そして、電通が動いた。

二匹目のどじょうを狙い、ターゲット企業が入念に、そして慎重に吟味された。
なるべく大きな企業を。
財布の緩い企業を。

そして、それは、選ばれた。
一部上場の巨大企業が選ばれた。




SONYである。
電通はSEGAに学び、SONYへ行ったのだ。
SEGAを踏み台にし、SONYへ行ったのである。




そして、小林尊よりも有名で、平家みちよよりも金の稼げるスターが1人、作り出された。鈴木亜美、後のあみ~ごその人である。








もはや、ここから先は書くまでもないだろう。
皆様御周知の通りである。

ASAYANは、ワーナーミュージック、ソニーミュージック、エイベックスという、VF2の頃には考えられなかった巨大な企業をスポンサーとし、豊富な資金力を得た。電通は巨額を手にした。ASAYANは生まれ変わった。一部の古い番組のファンは「オーディション企画はつまらない」と感じて、使い捨てにされ消えて行った周富徳や宮路社長、江頭2:50分、ルー大芝などといった、電通にとっては、端した金にしかならなかった珍妙な人々を懐かしんだ。彼らは言った。「浅ヤンは死んだ」と。確かにそうかもしれないけれど、浅ヤンは全盛期を迎えた。電通は巨額を手にした。エイベックスもニヤリと笑った。

リアリティ番組的な要素を色濃く取り入れた企画により、誰よりも金になるグループ、即ちモーニング娘が作り出され、ASAYANは進化の最終段階を迎えた。企業が金を得るために恋愛すらも禁じられた彼女らは、彼らに巨額の利益をもたらし、金にならなくなったものは片っ端から捨てられていった。矢口真里は消され、中澤裕子は消えた。その段階に及んでは、鈴木亜美を作り出した小室哲也でさえ使い捨てにされたと言ってもいいような惨状だった。浅草橋ヤング洋品店はモーニング娘の為の番組に成り下がり、モーニング娘と共に滅んだ。

電通に、食い荒らされて。
















スポーツを、闘いを、人と人との生き様を、音楽を、我が国を、健気に思う人民の夢を、それら全てを食い物にして食い荒らし、金を巻き上げ暴利を貪り、食い尽くしては次へと移る。彼らは金の為ならば、嘘虚構をも祭り上げ、メディアの全てを牛耳って、見渡す限りを埋め尽くし、利を得て暴利を貪って、食い尽くしては次へと移る

イナゴである。
電通はイナゴである。
リアルイナゴそのものである。
















ちょうどその頃、セガも死んだ。
湯川専務、セガタ三四郎。
浪費された巨額の宣伝費。
リアルイナゴに食い荒らされて。

まあ、そうでなくてもセガは死んだだろう。
鈴木裕に食い荒らされて。

とりあえず史実では、セガは死んだ。
リアルイナゴに食い尽くされて。










話を、ブンブン丸に戻そう。
ブンブン丸は、小林尊ではなかった。
では、ブンブン丸は、誰だったのだろう。

ブンブン丸が「小林尊になれなかった」のではないとしたら、
ブンブン丸は誰に「なれなかった」のだろうか。




「ピーター・アーツ」
それが、僕が考える、その問いへの答えである。


ピーター・アーツ。
多数のTV番組、映画、CMにも出演したスター。
彼の誕生の裏には、1人の空手家がいた。
石井和義、その人である。




K-1。
大食いを超えた規模のイベント、と呼んでも異論は少なそうなそのイベントは、後に脱税により逮捕され、今では表舞台から完全に姿を消した石井和義、即ち石井館長という1人の空手家によって作り出された。ただの空手の道場主に過ぎなかったその男には、空手以外に何も無かった。ただ、空手だけが彼にはあった。


彼は自らの空手で、攻めた。
彼には、空手に対する情熱があった。
彼には角田がいた。そして、佐竹がいた。

石井は、彼らを引き連れてキックボクシングに乗り込んだ。
畑違いの世界である。

石井は、彼らを引き連れて総合格闘技(リングス)に乗り込んだ。
畑違いの世界である。




石井はそれらの華やかさに触れ、そこから色々なものを学び取った。
そして、彼は、空手を変えた。

裸拳で胴体を突き合うという空手伝統の試合形式を捨て、
グローブを導入し、ラウンド制を取り入れ、ルールを整備した。

石井は格闘技オリンピックという大会を主催した。そして、そこから幾らかを学び、スポンサーをかき集め、放送局に自ら乗り込み交渉を行い、1つのものを生み出した。
立ち技格闘技の祭典、K-1である。




石井によって作られたK-1は幾人ものスターを生み出した。
石井は常に実況席に座り、カメラの前で何が起こっているのかを伝え続けた。
彼は空手家だった。格闘技を愛していた。格闘技を知っていた。
彼には、それを語り伝えるだけの能力と情熱があった。







話をVF2に戻そう。

ASAYANのVF2。
そこに、石井はいなかった。

そこに居たのは浅草キッドというお笑いコンビであり、関根勤という芸人だった。
彼らはVF2プレイヤーでは無かった。
彼らはVF2を愛していなかった。
VF2を知らなかった。

バーチャファイター2の筐体のモニタの画面の中で、今何が起こっているかを伝える能力を有していなかった。モニタを眺めて喧騒下品に騒ぎ立てるばかりで、バーチャファイターなど存在しないに等しかった。バーチャファイターという歴史に残る名作の魅力を伝えられるだけの能力を持った人は、ただの1人もいなかった。伝えたいと思う人すら、そこにはいなかった。彼らはただ金儲けの為に仕方なく、仕事でそれをやっていた。

バーチャファイター2は哀れだった。
そこに愛は無かった。
食い尽くされて。
捨てられた。




石井は一生を、格闘技で食っていくつもりだった。
バーチャファイター2には、そんな人物は居なかった。
リアルイナゴが居ただけだった。後には何も、残らなかった。








一方、韓国には石井が居た。
ゲームのプレイヤーがいて、ゲームを愛する人がいた。

まず、最初に、小さな石井が大勢生まれた。
小さな石井はアマチュアの延長戦上で大会を開催し、ゲームの大会が「面白いものであること」をユーザーに伝え、「より面白くする為のノウハウ」を蓄積していった。ルールを変え、ルールを整備し、少しずつその形を整えていった。そしてその中から、スポンサーを得て賞金の出る大会が生まれた。そこでももちろん主催者はゲームを知っており、ゲームを愛していた。

やがてケーブルTV局と結びついたそれは、国民に認知され、日本で言う所のK-1になった。番組を作る製作者も、解説者も、実況も、全てがゲームのプレイヤーであり、全てがゲームを知っていた。(ここで言うゲームとは、スタークラフトを指す。)

K-1もプロゲームも、共に下から生じたのである。
上、即ち電通から生じた浅ヤンのバーチャファイター2とは違ったのである。








話を戻そう。
戻そう戻そうばかりで全然戻っていない気がするが、それは気のせいである。そもそもどこに居たのかすらわからないという人は、読解力が無いだけである。残念な事に、僕には読解力が無い。




話を、戻そう。
ASAYANは忘れて、視点をVF2に戻そう。




2006年のプロゲームにあって、VF2には無かったもの。
それを語らずして、これは語れない話題である。

VF2には、プロゲームの成立に必須なものが無かった。
「インターネット」である。




バーチャファイターにはインターネットが無かった。
いや、当時からインターネット自体はあった。

しかし、当時のインターネットは今のインターネットと同質ではない。ヤフージャパンがサービスを開始したのは1996年の4月。バーチャファイター2のリリースより、一年以上も後の事である。




なぜ、インターネットが存在しないとプロゲームは存在し得ないか。
それは、「プロゲームを見る手段が無い」からである。

ゲームは、緻密な努力を丁寧に積み重ねていけば数字を取れるようになる可能性を秘めているとはいえ、基本的には、今も昔も地上派で数字を取れるコンテンツではない。

つまり、電波には乗りえないコンテンツなのだ。
その、電波には乗らないコンテンツをユーザーに届ける為に必要なもの。
それが、インターネットである。




韓国で絶大な人気を誇るプロゲームのゲームである、スタークラフト(1998~)には、リプレイ再生機能というものが付ていた。それは、行われたゲームを記録し、再生する機能だった。

そのjpegのバナー1枚と大差がない小さなリプレイファイルというものをダウンロードすれば、ユーザーは行われたゲームの試合の全てを開始から終了まで見る事が出来た。

世界中でリプレイをアップするサイトが作られ、名勝負のリプレイには無数のコメントが付き、注目を浴び、そういった名勝負のリプレイは各地で紹介され、さらにダウンロードされ、幾人ものスタープレイヤーが生まれ、その多くはやがて、プロゲーマーと呼ばれる身になって行った。




Fatal1tyがプレイするFPS(一人称視点シューティング)の場合は少し違う。

FPSがプロゲームとして成立したのは、韓国のプロゲームよりもかなり遅かった。
その理由は、ほとんどのFPSにはリプレイ機能が存在しないからである。
では、どうやってFPSのプロゲームはユーザーに届けられたのか。
それは、インターネットによる動画の配布である。




インターネット革命を経て、様々なツールが登場し、リアルタイムでの観戦が可能になった。動画をリアルタイムで配布するという事も可能になり、実況と解説が付いたそれは、見るものにとってはTV中継と全く同じものとなった。TVは人民のものとなった。同時に世界中でブロードバンドが普及し、BitTorrentというp2pの登場もあって、重い動画ファイルの配布が簡単に行えるようになった。世界各地で熱戦が繰り広げられ、世界のどこかで誰かがそれを見て楽しみ、FPSプロゲームは少しずつファンを増やして行った。




一方のバーチャファイター2はどうだっただろう。
ブンブン丸の試合を見た人間が日本にどれだけ居ただろうか?

バーチャファイター2にはリプレイ機能なんて無かった。インターネットで動画を配布出来る状況にも無かった。ブンブン丸になにが出来ただろう?当時有名だったVF2プレイヤーに、一体なにが出来たのだろう?僕はこう答える。「何も出来なかった」と。




アンデスに伝わる古い諺を1つ紹介して次の段へと進もうと思う。
「一般大衆にとって、見えないものは存在しないものと等しい」

ブンブン丸など存在していなかった。
バーチャファイター2などどこにも無かった。













ブンブン丸がFatal1tyになれなかった理由。
それには、他の要因もあった。
価格、である。

プロゲームの種目となっているゲームは、日本円にして2000円~5000円で買える。そして、何よりも重要な事に、一度買ってさえしまえば、半永久的にインターネットを通じての対戦プレイが可能なのである。ウォークラフト3などでは、自動マッチアップ機能(実力差に応じて対戦相手を世界中から探し出してくれる機能)まで付いている。買えば好きなだけ遊べるのだ。

一方のバーチャファイター2は、それらとは全く違った。1プレイ100円というシステムであり、ゲームセンターに足を運ばなければ遊べなかった。「湯水の如く金を使える人間の娯楽」だったのだ。今で言えばパチスロにハマっているような脳みそ空っぽ層をターゲットとした娯楽だったのである。家庭用機のバーチャファイター2では料金の問題こそ解決されたものの、ネットを通じての対戦は出来なかった。まったく、意味が無かった。

当たり前の話であるが、世の中金である。
高ければ高いほどユーザーは減る。




ブンブン丸に何が出来たかって?
もういいだろう。
そんな話は。










最後になってしまったけれど、プロゲームと言うフレーズを見る度に高橋名人というキーワードを出す人が多いので、その点について少しだけ書いておこうと思う。高橋名人とプロゲーマーは、似ても似つかぬ存在だからである。

まず、忘れてはならないのは、高橋名人は販促によって生まれたという点である。
バックには常にハドソンがついていた。
ゲームを売るための仕掛けだった。

一方のプロゲーマーは違った。プロゲームは常に広告で儲けるというモデルであり、K-1と同じ興行だった。発売会社とは別の場所から生まれ生じた、独立したものだった。それは、販促ではなかった。




ハドソンはコロコロコミックという少年誌に広告を出し、高橋名人を題材にした漫画が連載され、それによって高橋名人は世間に認知され、有名人即ちスターとなった。プロゲームが有志による草の根の、小さな規模の大会から少しずつ広がってやがてはFatal1ty等が生まれるまでに成長したのとは、まったく違った。高橋名人は上から作られたスターだった。プロゲーマーは下から作られたスターだった。ゲームという共通項こそあれど、その両者は、似ても似つかぬ代物である。




せっかくなので、ブンブン丸に何が出来たかを考えてみたい。
何も出来なかっただろう。
僕は、そう思う。

バーチャファイター2には、スポンサーが付く要素がほとんど無かった。
完全にIFの世界であるが、バーチャファイター2がASAYANの企画などではなく、一個の番組として放送されていた場合の事を考えてみたい。時は次世代木戦争の真っ只中。その敗北が既に明らかになっていたあからさまにSEGAで、おまけにゲームという明らかに数字の取れない番組に大金を支払って広告を打つ企業がどのくらいいただろう。

現実的な想定としては、SEGAの一社独占番組だろうか。SEGAは放送毎にCM枠全ての金を支払う。体力的に考えると、キューピー三分クッキング程度の枠、あるいは真夜中最後の30分が精々だったのではなかろうか。わけのわからない三流アイドルを出してエロ路線に媚びたかもしれないし、本人と7~8人の信者だけが面白いと思っている日ハムファンの落語家崩れがキモい顔面を晒していたかもしれない。どの道、それはすぐに打ち切られただろう。バーチャファイターもセガサターンも販売本数は一気に落ち込み、SEGAにとって、TVCMを放送し続ける意味はすぐに無くなってしまったからである。




一方、現在のプロゲーム。
それには、スポンサーが付いている。
スポンサーが居るからこそ、プロゲームは成り立っている。

そのスポンサー群の中核を成すのは、パソコンのCPUを製造している「INTEL」と「AMD」という2つのライバル企業と、パソコンのグラフィックカードを製造している「NIDIA」と「ATI」という2つのライバル企業。それに続く幾多のパソコン部品関連企業である。

プロゲームに関心がある層は、それらの企業が広告を見せたい顧客層と完全に一致しており、黎明期から今日まで、プロゲームを資金面で支えつづけた。そして今では、Fatal1tyを祭り上げたMTVを始めとして、SK Gamingと手を組んだ衣料品企業のアディダス、サンドイッチ屋であるサブウェイ、宅配ピザのピザハッド、自動車メーカーのマツダ、ヒュンダイといった若者に物を売りたい企業がプロゲームというジャンルに注目し、金を出している。

また中国では、多くのMMOが無料でダウンロードすれば遊べるのに対し、プロゲームの対象ゲームであるブリザード社製品は有料であるが為に、「ゲームに金を出すだけの資金的な余裕がある層」に物を売りたい企業から金が流れ込み、その資金を原動力にして世界有数のプロゲーム大国となりつつある。


一部には、プロゲームの隆盛という現象を販促に利用しようと企み、自作自演で賞金つきの大会を主催する企業が現れたりはしているものの、それらは成功を収めるに至っておらず、プロゲームは販促ではないと書ききって間違いは無いところであると思う。









最後にはなったが、僕が「最後にはなったが」という場合は大抵最後にはならない、という事実をきっちりと、皆様にきちんと伝えておきたい。







最後にはなったが、明らかな間違いを正しておきたい。




>ゲームの上手さに年齢は関係ない。
>場数をこなすほど上手くなるのがゲーム界。

このように書いてしまう人間がこの地球上に存在する、というだけで驚きである。これは「将棋の上手さに年齢は関係ない。場数をこなすほど上手くなるのが将棋界。」に等しい文章である。全く持ってお笑いとしか言いようがない。いや、将棋などという例えを持ち出すまでもなく、考えずとも解ることである。場数をこなすほど上手くなるような糞ゲームで、「視聴者の支持を得られるプロゲーム」というものが成立するわけがない。

プロゲームとして成り立っているゲームは全て、そのような時間に比例して強くなれるゲームではない。ドラクエやFF、あるいはMMOなんかとは違う部類の話である。単純な話をすれば100年かければだれでもブンブン丸に勝てるのか?って勝てるわけがない。

Fatal1tyともなれば、Fatal1tyの100倍の時間をかけて練習し、100倍の場数を踏んだとしても、地球上にFatal1tyを超える事の出来る人間は、"Fatal1tyを泣かせた男"フライングダッチマンVoOを筆頭に、片手で数えられるくらいしかいないだろう。集中力と勝負強さ、人間離れした状況判断能力と、正確なマウス動作、卓越した三半規管、努力するという才能、落ちないモチベーションと闘争心の全てを兼ね備えていたが故に(付け加えるならば、人間性と米国籍)、Fatal1tyという人間は100万ドルのスターになったのである。













ASAYANのバーチャファイター2。

結論から言ってしまえば、それはSEGAが電通に食い物にされただけの出来事だった。ブンブン丸に出来る事など何一つ存在せず、プロゲームの成立に必要な条件も、1つも存在していなかった時代の出来事だった。電通はゲームを愛してなどいなかったし、バーチャファイター2を愛してなどいなかった。ただ、彼らは、金になるならなんでもよかった。

WCも、オリンピックも、小室哲哉も、ボブサップも、その他諸々日本に存在する地球上全てのものがリアルイナゴの餌食となり、金にならなくなったものは片っ端から捨てられていった。運悪く、バーチャファイター2がそのターゲットにされ、SEGAは死んだ。SEGAは死んだ。SEGAは死んだのだ。われ等が愛したSEGAは死んだ。何故か。殺されたのだ。リアルイナゴに食い尽くされて。ちくしょう。SEGAめ。鈴木裕め。なにがシェンムーだ。ふざけんじゃねえ。なあにがシェンムーオンラインだ。ふうざけんじゃねえ。ちなみに、セガ信者っぽさ装っているのは、なんかその方が玄人ゲーマーっぽく見えるだろうという思惑に基づく偽装である。実体は鍵っ子である。








その点、大食い名人も同じである。
彼らだって、数字が取れなくなれば簡単に捨てられるだろう。

事実、大食いが金になるという事が判明してからのある時期には、大食いを題材にしたドラマが作られ、全国局でも同様の番組が作られ、そしてそれらは幾つもの問題だけを残してあっという間に消え去った。

だいたいからして、大食いなどというものは下劣極まるものである。食べ物は感謝して食べねばならぬし、よく噛んで血となり肉となるよう食べねばならぬのに、あれらはただ飲み込み、その多さだけを競い、勝手な憶測ではあるがテレビカメラの無い所で吐きに吐いているだろう。そうでないとしても、健全に消化されているとはとてもではないが思えないものである。地球上で、どれだけの人が、飢えているかを考えながら生きる必要など、全く持ってないが、例えその必要は無いにしても、物には限度というものがあり、食べ物は粗末にしてはならぬし、食べ物には感謝をせねばならぬ。その当たり前の価値観を崩壊せしめ、もったいないという意識を希薄化させ、そうまでして金儲けを働く電通は万死に値するし、そのようなものを支持する非国民はリアルイナゴに食い尽くされて尽く死に絶えるが相応である。




















あるプロゲーマーの発言である。




私がシンガポールに着いた日、端正な顔立ちの小さな中国人がこちらに駆けてきて、私に声をかけた。私は彼が誰であるのかすら知らなかったけれど、私は彼と戦い、そして勝利した。彼は私に礼を言って、近くにいた他の選手を呼び止めて、またすぐにマウスを握った。彼の技術は酷いもので、欧州で通用するレベルではないように見えた。中立モンスターに兵隊を殺され、農民のグルーピングは全くと言っていいほどに出来ておらず、ヒーローは簡単に包囲され、それどころかマナ管理もアイテムの使用もまともに出来ておらず、ユニットを遊ばせているシーンも頻繁に見られた。内政と防衛の切り替えと、塔の攻撃対象指定という2つのテーマを意識して練習しているのだ、ということは解ったけれど、どうってことは無いレベルだった。見るに耐えない惨状だった、と言った方が正確だったかもしれない。

私はすぐに飽きて、世界大会でしか顔を合わせる事の出来ない友人達と話をし、ジャンクフードを食べながら街を歩き、リラックスするように勤めた。その頃はまだ、十分な休養とリラックスこそが、本番で力を出す為に必要な事だと考えていたからね。

夜になって会場に戻ると、彼はまだ同じ場所に座っていた。立ち上がり、相手に握手をしながら礼を言って辺りを見渡し、私に声をかけてきた。私が即座に断ってすぐ、彼は他の練習相手をみつけだし、マウスを握った。

彼は、生まれ変わっていた。たったの半日で、全ての弱点が克服されていた。内政と防衛の切り替えは欧州のトッププレイヤーと遜色の無いレベル、いや、それを超える所まで成長していた。塔の攻撃対象指定という、彼が朝から練習していたほとんど無意味に思える課題も見事に克服されていた。彼の防御塔の攻撃は的確に、体力の低い召還ユニットを狙い、攻撃対象が瀕死になると即座にターゲットが切り替えられた。(WC3では、塔が止めをさした場合経験値が入らないという仕様が存在する。)

彼はよく戦い、そして敗れた。
笑いながら対戦相手に歩み寄って握手をして礼を言い、私に「どうか?」と尋ねた。私は「本番で」と断った。「どのくらい?」と聞くと、「ほとんど」と苦笑いをしながら返した。彼はまだとても弱かった。けれど、この先強くなるだろうと私は感じた。

次の日の夕方、私は彼に0-2で敗れた。
その翌日には、決勝の舞台に立っていた。
練習では隠されていた勇気で彼は、アメリカ代表を完膚なきまでに叩きのめした。

私はシンガポールに滞在していた3日間で、本物のプロゲーマーとは何たるかを知り、本当のトレーニングがどのようなものなのかを学んだ。そして「無理だ」って思ったんだ。彼には勝てない、ってね。

訳:真性引き篭もりhankakueisuu
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all-gamers jp
esports-gaming

Fatal1ty/wikipedia.en
Grubby/wikipedia.en
BoxeR/wikipedia.en
VoO/wikipedia.en
sky/見つけられず。新世代の人だから、まだ無いのかもしれない。

Masters of the Game/TIME.com