2005年4月11日月曜日
はてなブックマークの便利な使い方
1、はてなのユーザーアカウントを大量に取得する。
2、はてなブックマークに自分のウェブサイトを自作自演で登録しまくる。
3、そこからはてなブックマークユーザーが大量に流れ込む。
4、アフィリエイトで大儲け。
とりあえず手始めに実践として、はてなのアカウントを20個ほど作成して当サイトのアマゾンアソシエイトで買う次世代電子レンジ!という記事を放り込んでみた。よしよし、ちゃんと注目のエントリーって所に表示されてるし、家電カテゴリだとカテゴリトップの登録数だし。完璧だな。僕個人としては、物凄いマイクロ派。
ブログのアクセス数を上げる方法。
トラックバックスパム。
正直、これに限るよ。
コツとしては、出来るだけ自分のブログに定着してくれる人間の多そうな、つまりは客層が似通ったブログを狙って撃つのが大事。
ちょっとトスったので、今日は500くらい増えるはず。
「追記」
全部削除されたみたいで、そのせいで500くらい増えなかった。
2005年4月10日日曜日
アフィリエイトのススメ
アフィリバナーと糞ガーによって、糞ブログが今日も増え続けているのは紛れも無い事実であり、疑う余地の無い悪夢だ。
けれども、全てのアフィリバナーが悪いわけではない。
時々、アクセスカウンタが怖くなる。
なぜなら、時としてそれは人の心を狂わせるからだ。ちょっと人が増えたくらいでR30までもがピーチクパーチク踊っているのを見たりしたりして、その恐ろしさを再認識した。
ああいうタフな人ならどうって事無いのだろうけれど、僕に代表されるような繊細でか弱く健気な晩生の末端ブロガー達は、アクセスカウンタのはじき出す数字に右往左往を繰り返す。
問題は、アクセス数ではない。
それら読者がどこから来るのかだ。
個人ニュースサイトというジャンルがある。
あれは本当に恐ろしい。
知らない人が突然として、物凄い数で訪れる。当ブログの場合は3~5%くらい定着していただいたような感じもするのだけれど、僕が目にしたいくつかの現場では定着率は見事に0%だった。10が200、500、200を経て10に戻るというのは、相当に堪える。
何かをウェブ上に上げるという事は、誰かに読ませるという事である。
誰かに読んでもらいたいという事である。
基本的には、あくまでも、基本的には。
だもんで、アクセス数が増える事を嬉しいと思わないブロガーはほとんどいない。
悪意を持った匿名掲示板からのリンクだとかいったような例外を除いては。
そういう意味では、大きなサイトの管理人が誰も知らない小さなブログを取り上げるってのは、ニュースサイトの中の人側から見れば「面白い記事へのリンク」という意味だけではなく、分け隔て無くという愛である。
けれども、明らかに違う客層の人が普段の10倍以上も訪れて、それが数日で去ってしまうと普通の人は、結構乱れるものであり、単純にハッピーだとは言い切れない。無慈悲であり、残酷なアクセスだ。
ブログ以前、まだインターネットが物凄く不便だった頃、リンクというものは物凄くいびつに、けれども緻密にか細くか弱く繋がっていて、今で言うソーシャルネットみたいな感じだった。見ず知らずの人が大挙して押し寄せては大潮のように引いてゆくなんて事はあまり無かった。
いや、実は全然知らなくて決めうちで適当に言っているだけなんだけど、多分。
それが今では、ちょっと話題性のある投稿をしただけで、それを目掛けて大勢が訪れるバリアフリーのインターネットになってしまった。クリッピングサイトだけではなくて、トラックバックとか、ブログランキングとか、ソーシャルブックマークとか、色々。
そういう、まったくブロガーには興味の無い読み手がYahooやGooを読むような感覚で訪れては去っていく、という対象にされた時の為に、なんらかの防御策を講じておいた方がいいと思う。
アクセス数が跳ね上がったのを目にして高揚し、力を入れすぎて燃え尽きるのとか、コメントをハンドルネーム入りでつけた人々が次の日にはもう綺麗さっぱりいなくなって一度きりな事に対する喪失感とか、その日のアクセス/dayがずっと一位をキープするのを見て「あの日が自分の書き手としての頂点だったんじゃないか」って落ち込むのとか。
そんな風にならないためにお勧めのアイテムが、これ。
アフィリバナー。
アフィリバナーを自分のブログに貼っておくだけで、アクセス数の跳ね上がりがとろけるプリンや箱説無しのバハムートラグーンに変換されて人生を彩り、変な風に悩み慌てる事無しに、どっしり構えてられるようになるわけである。
アマゾンとグーグルとA8netと電脳卸とカリビアンドットコムとカジノと腐った出会い系だけが唯一貴方の味方なのだ。他は全部敵だ。悪意の無い殺意だ。頼れるものの何も無い弱小ブロガーにとって救世主であり必須アイテムであり、今すぐ張りまくるべきなのだ。
というわけで、本当に!
みんな、今すぐアフィろうよ。
儲けたいとか欲の面とかキモいとか、そんな事は気にせずに、訪れるかもしれない大量の通りすがりによるモチベーション危機に備える為の、護身の為のアドセンス。
2005年3月18日金曜日
アマゾンアソシエイト始めます。
一円にもならんものをろくでもなく書き続けている事があほらしく思えてきて事実あほらしいので、でアマゾンアソシエイト始めます。一切ブログへと再還元するつもりは無いからそこんとこよろしく。儲けまくるつもりなので、しっかり買えるようにきちんと金貯めておくように。
じゃ。そういうことで。
2005年2月24日木曜日
脳内彼女
脳内彼女を作ろうと努力をしたのは、1度や2度の事ではない。
けれども僕には出来なかった。
この国のどこかに将来僕と一緒になる人がいて、その日が来るまで待てばいいと思ってた。まで待とうと思ってた。けれども一人待つのは寂しくて、待ちくたびれて、誰かを探した。
脳内彼女を、探して瞑った。
脳内彼女が欲しかったから。違う日常が欲しかったから。
歩いたり、走ったり、沈む夕日を惜しんだり、2週間も口を聞かなかったり、部屋の財布を持ち逃げされたり、またよろよろとぎこちなく、腕を組んだりしたかった。
けれども僕には出来なかった。
脳内彼女が作れなかった。
僕と誰かの恋物語というものは、コメツキムシとマッコウクジラの4時間に及ぶ決闘を想像するよりも難しく、荒唐無稽なものであり、言葉足らずの僕の脳では成し遂げられぬ大事業だった。
何度も何度も試したけれど、まずなによりも無理だった。
脳内彼女を思い描く前に、僕自身を思い描くという事が出来なかった。
ところで見事に話は変わる。
いや変わらないのだけれど、アマゾンアソシエイトです。
左も左赤も赤、極左の極左の真っ赤っ赤な真性引き篭もりとしては、
>「村社会に貨幣経済が導入されて、共同体が崩壊うんぬん」
といった話を思い出されるのは非常に光栄なのですが、そこはですね。
そこはですね、やはりアマゾンアソシエイトでNOと言えで書いたのはあくまでもゲームレビューとアマゾンアソシエイトの関係であり、作業用アプリケーションだとか本だとかCDだとかといったものの事まで考えて書いたわけではないのです。
ピンポイントの狭い範囲を対象として書いたわけです。
評価の指針が無い上に、かなり特殊な商品です。
数十時間の拘束を求めるのは当たり前で、価格は書籍の3から5倍で、ベストセラーの10倍以上も売れる商品が定期的に出ます。よく出来たソフトウェアは往々にして糞ゲーであり、売り上げのよいソフトは往々にしてよく出来ている。よく出来ているからして良いレビューなど書き放題で、それは非常に魅力的であり、大抵の人は泳いでしまうのです。
「ゲームが全て」という捻じ曲がった人生を歩んでいる人間は大勢いるわけで、そういう人達にとっては、ネット上に存在する数少ない優れたゲームレビューの書き手がアマゾン川に行ってしまうという事は真に由々しき事態なのです。
欲望の権化が週に10冊30時間というのは可能ですが、週に10本200時間というのは不可能で、やっぱりいいレビューが欲しいよね。という、特殊な人の特殊な死活問題に焦点を当てたアンチアマゾン.comなのです。
と、一応アマゾンアソシエイトにNOと言え、である。
けれども実は、あれを書いた本当の所はそこではない。
もちろん、そういうつもりでも書いたというのは事実だけれど。
>悪いゲームレビューブロガーによる悪いゲームレビューブロガーへのエントリー。
というのは、真性引き篭もりから真性引き篭もりへのエントリーという事であり、
>インターネット革命をもう一度。
というのは「ドラゴンクエスト」と検索した日のときめきを。
>ウィザードリークラシックスだけであり、
で「シドマイヤーズアルファケンタウリしか貼ってないから」という言い訳を潰し、
>その神経を疑うのだが。
止めを刺して人格否定。
「村社会に貨幣経済が導入されて、共同体が崩壊うんぬん」
とはまったくの、別のおはなし。
書いた本人くらいしかわからない。
なにせ、真性引き篭もりですから。
実は、こちらがメインであったのです。
確実な未来はおろか、不確実な自分自身すら思い描けなかった僕にとって、唯一思い描けるばら色の未来というものは、かなりの長きに渡りドラゴンクエスト6の発売のみであった。
それは僕にとって希望であったし、脳内彼女でもあった。
あと百万回瞬きをすればドラゴンクエスト6、あと300回目覚めればドラゴンクエスト6、あと100回登校すればドラゴンクエスト6、ドラゴンクエスト6。
その希望はこともあろうかドラゴンクエスト6によって打ち砕かれたわけだけれども、それでも僕は年に2本のゲームソフトを選択する為に、週末が来る度本屋へ通い、ゲームレビューを読み漁る迷惑な客をやり続けた。
そしてオープニングとBGMだけがよく出来た糞ゲーを掴まされては、糞ゲームレビューと糞雑誌と糞スポンサーと糞企業、大人というものを憎んで泣いた。
やがて5年の年月が過ぎ、インターネットに出会うに至り、ゲームレビューを手に入れた。更に少しの時が過ぎ、僕はコメントに流されて、悪いゲームレビューを貼り付けた。
いやになった。
呼吸を忘れて耐え忍べば訪れるはずだった未来はそこにはなくて、辿り着いたのは真性引き篭もりであったというだけでも金縛りであるのに、あの日憎んだ大人のようなものになってしまったという事はとても悲しくて、投稿ボタンを押すに至った。
コメツキムシやマッコウクジラにはなれなくても、脳内彼女と出会えなくても、せめてあの日々に思った「ゲームレビューを読みたい」という希望くらいには答えてやりたかった。
けれども、それすら成せなかった。
おそらく彼は罵り憎む。
僕の姿に激昂する。
罵詈雑言を浴びせるだろう。
僕がああにまでして耐え忍んだのに、それがお前のやり口なのかと。
汚くずるい、恥を知れ。おいしいとこだけ取りやがってと。
あほやまぬけでは済まぬだろう。
結局の所、彼の努力は無駄だった。
近所の大きな本屋を避けて、遠くの本屋へ半日漕いだ彼の望みは、ひとつぶひとつぶ結露と消えた。僕がぬぐって消し去った。
人として彼の努力に応えてやる事は出来なかったし、
彼の上った坂道の、百分の一も上れなかった。
もっと、もっと、流された。
僕の努力は全部嘘っぱちで、彼の努力は全部本物であった。
土下座をしても、まだ足りない。
僕は、僕の、まがいもの。
2005年2月16日水曜日
アマゾンアソシエイトにNOと言え。
世界には2種類のゲームレビューがある。
良いゲームレビューと、悪いゲームレビューだ。
ウェブ上では今日も後者が猛烈に増え続けている。
実に腹立たしい。
良いゲームレビューの条件というものを書き連ねるのは不可能に近い。しかし、はっきりしている事は、悪いゲームレビューでは無いものが、良いゲームレビューであるという点である。
それに対して、悪いゲームレビューの条件というのははっきりしている。
ゲーム内容以外のものが文章に影響を与えているレビューである。
これは、悪い。
悪いレビューの中で最も有名だったのは、大口スポンサーである特定企業のゲームと身内のゲームを絶賛し、金で点を買えると囁かれていたファミコン通信のクロスレビューである。
当時一般のユーザーが目にする事が出来たのは、すべて悪いゲームレビュー、即ち紐付きレビューであった。それら紐付きレビューを読んで、オープニングとBGMだけは良く出来た糞ゲーを掴んでは泣き寝入り、というのが当時は一般的であった。
事情が変わったのは、インターネットが登場してからである。
紐付きではないインプレッション、紐付きではないレビュー、紐付きではない感想、というものがいくらでも手に入るようになった。
ところが、近頃悪いレビューが凄まじい勢いで増殖している。
ブログと、Amazon.co.jpによって。
彼らは公平で善良でセンスに溢れたフレンドリーなブロガーであるを装っておいて、突如として紐付きレビューを書き始める。ある日突然にアマゾンへの直リンクが現れ、画像が現れ、検索ボックスが現れる。
ゲーマーならば必ず1度は嘲笑した事があるであろう紐付きレビューというものを、そのゲーマーが大量に生産しているというのは恥ずべき事ではないのか。恥ずべき事であるかどうかは本人次第であろうが、苛立たしい事態である事は確かだ。
最初はブロガー自身が思いいれのあるマイナーなゲーム、黒の剣だとか北へ。だとか、リンダキューブアゲインだとか、キングスフィールドだとか、はじめの一歩だとか、夢を見る島といった類のものへのリンクがレビューと共に張られる。
次に、ブロガー自身が最後にブレイしていたタイトルが張られる。
ここまでわかりやすい。
次の一手は、それらよりも更にわかりやすい。
ドラゴンクエスト最新作が発売日が決定しました!!
筆者はもう予約しました!!
エースコンバットの最新作が明後日発売されます。
筆者は絶対に買います!!
ファイナルファンタジーが今日発売されました。
筆者は明日にでも買おうと思っています!!
ウイニングイレブン最新作が発売中です。
筆者今やってるゲームをクリアしたら買います!!
バイオハザードの最新作が話題になっています。
物凄いグラフィックです!!
筆者はゲームキューブを持っていないのでとりあえず見送ります。
PSPが発売されてます。
いやあ、面白そうですね!!
DSが。
欲しいです!!
手に入れたら手に入れたで、正真正銘の紐付きレビューがやってくる。
大抵は絶賛、絶賛、大絶賛なのだが、時には手を変えやってくる。
「敷居の高さはあるものの、シリーズのファンなら絶対買い」
「内容は上記の通りなのですが、BGMが素晴らしいので」
「不満点ばかりあげましたが実は超満足しています」
「このジャンルの入門用としては最高の内容」
悪いレビュー、悪いレビュー、悪いレビュー。
糞レビュー、糞レビュー、糞レビュー。
彼らの言い分はこうだ。
「ゲーム代が欲しいので」
働け。働いて稼いで買え。
「サーバー代が欲しいので」
働け。サーバー代くらい働いて稼げ。
「更新のモチベーションを保つ為」
更新するな。悪いレビューをウェブ上に増やすな。
アマゾンアソシエイトでサーバー代を稼ぎたいなら稼げばいい。
ゲーム代やらサーバー代やらモチベーションを稼ぎたいのであれば、公平で良心的なゲーマーを装いながら悪いレビューをウェブ上で公開するという手法を用いて行わず、「お小遣いゲット大作戦」だとか、「アフィリエイトで月400億円」だとかやって、やりたい放題やればいい。
その一方で良いレビューを書けばいいではないか。
ブロガーは無数にいても、ゲームに対する立派な文章を書ける人間とは少ない。その貴重な人間が次々に悪いレビュー書きへと転身していくのを見るのは非常に心苦しい。
もしも、現在ゲームレビューを書いている方、あるいはこれからゲームレビューを書かんとしている方がこの文章を読んでいるならば、悪いレビューを書く側に立つのか、良いレビューを書く側に立つのかを考え直していただければこれ幸いである。良いレビューが読めるようになるツールであるインターネットと、ブログというものの価値を。
現在でも紙媒体やインターネット上に大量に存在する4gamer光栄やファミ通スクウェアに代表される紐付きレビューというものを1度でも笑ったことがある人間であれば、紐付きで無いレビュー、悪いゲームレビューでないゲームレビューを書くって事が、悪くないものだって事はわかってもらえるのではなかろうかと、悪いゲームレビューブロガーによる悪いゲームレビューブロガーへのエントリー。
インターネット革命をもう一度。
いや、アマゾンアソシエイトに参加しているブログであっても、張ったアフィリエイトがTHE地球防衛軍とルナティックドーンとウィザードリークラシックスだけであり、ドラゴンクエストもバイオハザードもPSPも張ってない、というものならば紐付きと言うよりもリンクを張っただけかな、などと思わなくも無いのですが、それならいっそ、純粋な良いレビューの側へ立った方が。
というか、そもそも予約していても発売日に届かないAmazon.co.jpへのリンクを「アマゾンで予約受付中です」などと張っている時点でその神経を疑うのだが。
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