2010年3月6日土曜日
2010年3月5日金曜日
真性引き篭もり : 7分の5くらいは頑張れているので残り2、残り2。
残り2、僅かのこり2でいいのに遠く感じる。はじめに理想があって、目標があって、5までは行けるんだけれど、残り2が遠い。ラストダンジョンの1Fで飽きてしまうような一日が繰り返される。1年が繰り返される。
2010年3月4日木曜日
2010年3月2日火曜日
真性引き篭もり : 何をするにも気負ってしまって。
五秒目を閉じるともう気負ってしまって、何をするにもプレッシャーが凄い。自らで無駄にハードルをあげて、超えれぬ超えれぬと卑屈になって蹲り己を呪い祟り責める。時々ifを想像しては、イガ栗を抱いて眠る。あの時もしも、もしも、もしも。
2010年3月1日月曜日
真性引き篭もり : インターネットがわびしい
いつか見た日のインターネットは今とは違い、もっと楽しかった。楽しくはなかったかも知れないけれど、面白かった。面白くはなかったかも知れないけれど、熱はあった。今は退屈で、虚しく、両脇から迫り来る壁が心臓と気道だけをそっと押しつぶしていくように悲しい。指はある。キーボードもある。春一番も吹いている。
2010年2月25日木曜日
2010年2月18日木曜日
2010年2月8日月曜日
真性引き篭もり : リンダキューブのこちらと向こう。
リンダキューブというゲームは明確に、「救う」ゲームだった。救おうとするゲームだった。だからノアの方舟という話は「救う」話なのだとばかり今日まで思い込んでいた。けれども、あれは違うのだ。少なくとも今の僕は、あれは救う話などではないと確信している。あれは、滅ぼす話なのだ。ノアの方舟というものは、コロンバインで銃を乱射するのと同じ類のお話なのだ。ノアの方舟という話は、忌々しいもの、気に入らぬものを全て、全て、憎しみを込めて、全て滅ぼすお話なのだ。ようするに、気に入らないものを全部、海の藻くずにする呪いなのだ。憎悪の塊なのだ。憎しみの曝露なのだ。欲望のままに怨念のままに、気に入らぬやつらを皆全て、海に沈めてやるのだという、確固たる意志なのだ。憎しみ、呪い、滅ぼしてやるという、けばけばしい、それでいて純粋な欲望の宣言なのだ。沈んでしまえ。沈んでしまえ。明け方眠ろうとして、眠れずに、震えて這い出す惨めさの中で、核戦争、巨大隕石、大噴火、大疫病、大爆発、大地震、大津波の何れか、あるいはその全てを純粋に心から望んだ果てに、そんなたわいもない話だけが1つ残って、もう日は高い。何も来ない。
2010年2月3日水曜日
真性引き篭もり : チーター
予想通り具合が良くなった。毎度のことながらびっくりする。これはなんなんだろう。喜んでいいものなんだろうか。はやいうちに横になって、明日も油断せずに姿勢を正していればしばらくはあの苦しさからは逃れられるんだろう。頑張って、頑張って、それでも本当に頑張るしかない。10時間我慢して手に入れたこの、嘘のような健康さは、まるでチーター気分である。
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