2015年5月30日土曜日
ケイブざまああwwwwwwっw
今日は気分がいいぜ!!!!!!!!!!って思ったら、濁点が無かった。冷静に考えてみればゲイブに2900万円の損害とかノーダメだった。ごめんなさいケイブ。僕は心が汚れている。誰かの不幸を喜ぶのはよそう。
2015年5月29日金曜日
ブログは一人では書けない。
一人でブログを書けるというのは幻想である。ブログは決して一人では書けない。ブログとは希望である。インターネットとは希望の地である。その希望が潰えた時、人はブログを書けなくなる。ブログを書くという行為は存在しないであろう誰かとの共同作業である。言うまでもなく、このブログの全ても一人の力で書かれたものではない。存在しない誰かとの共同作業である。そして僕はその存在を信じている。いや、それは確かに存在していたのだ。過ぎ去った遠い過去においては。もう居ない。僕はブログを書き得ない。
絶好調の日
絶好調の日に10時間くらいぶっ通しでブログを書き続けた結果として、デスクトップにあった5つの草案が書き上がり、尚且つ2つの新規エントリーが出来た。けれども僕は貧乏性なので、それらを投稿することはしなかった。「ああ、これを取っておけば体調を崩して寝込んだ日なんかにコピペして投稿ボタンを押せば済むな」などと考えてしまったのだ。一晩寝て過ぎて翌日書き上がっていたはずの投稿にざっと目を通せば、「これはまだ投稿ボタンにまで辿り着いていないクオリティだ」という謎の叱責を受け、書き上がっていたはずのエントリーを1から書き直す羽目に陥り、絶好調の日の10時間は実質0時間0分0秒として僕の人生に重くのし掛かるのであった。あまりにも、わたしは厳しい。投稿ボタンはまた遠い。
ご飯食べて寝て起きて死んでいくだけの人
僕が読んでるブログのブロガーにはまともな人生を進めている人の割合の方が多く、そうでない人も何か趣味を持っていたりしてコンテンツを消費してそれなりには楽しそうに生きているんだけれど、自らの人生を一切進めず、かと言って何をも消費せず、飯食って寝て死んでいくだけの人も居てああいう人は何が楽しくてブログを書いているんだろうか。
2015年5月28日木曜日
ブラウザの履歴を消せば過去を全て消せる気がする
僕はよくウェブブラウザの履歴を全部消去する。どうしてそんな事をするかというと、履歴を消すと過去が全て消えるような感覚があるからなだよね。インターネットを見ていても、本当に見たいものを見たって思うような事は滅多と無いし、この文章が読めて良かったって思う文章にも滅多と行き当たらない。だってインターネットっていうのはそんな所じゃないからね。時間を捨てる為の場所であり、時間を捨てさせてお金を稼ぐ為の場所なんだ。だからウェブブラウザの履歴には自分自身の間違った時間の使い方が記録されている。突き詰めて言えば間違った人生がそこにある。その履歴を全て削除すると、自分の間違った時間の使い方、自分の間違った行動が全て帳消しにされるような感覚があるんだ。"ウェブサイトの履歴を全て消去する"をクリックする度に思うんだけれど、本当に良かったと思えるウェブサイトはどのくらいの割合で存在するんだろう。ないよね。全然ないよね。ポテトチップスとコーラだって生きていく為には必要なんだって強弁する事も人によっては可能だろうけど、僕にはそれが出来るだけの強さがない。自分の人生を振り返っても、楽しかった事や嬉しかったこと、あるいは幸せだったことも含めて、削除したい履歴しかないや。
2015年5月27日水曜日
フロー状態にならない
頑張っても頑張ってもトランス状態にならないと泣き言を言うと、「それは頑張っていないだけ」だと返される。頑張ることと、トランス状態になることがイコールで結ばれる人達にとってはそうだろう。努力をすれば必ず超集中した状態になる人、頑張れば必ず超集中した状態になれる人。世の中にはそういう人も居る。けれども僕等はそうではない。
僕等は頑張っても、トランス状態にはならない。何故かというと、目的が違うからだ。頑張れば必ず超集中になれる人達の目的は、集中して、努力して、一生懸命頑張って、何かを成し遂げる事だけれど、僕等の目的は何かを成し遂げる事じゃあ無いからだ。
僕等の目的は、自分を少しでも好きになること。頑張ってる自分が好き、努力した自分が好き、夢に向かって一生懸命に時間をすり潰した自分が好き。何かを成し遂げたいだなんて、これっぽっちも思っていない。ただ、自分を好きになりたいだけ。頑張らない自分よりも、頑張ってる自分の方が好きになれそう、努力しない自分よりも努力する自分の方が好きになれそう。そんなぼんやりとした期待だけで、頑張ってる演技をしたり、努力をしている演技をしているだけ。
頑張っても頑張ってもトランス状態(超集中状態)にならないのは、あなた自身がそうしていないだけ。トランス状態は勝手になるものではなく、自らの意志でそうするもの。全てを忘れてトランス状態で作業をしたいならば、そうなるのを待つのではなく、自らの意志でそうすればいい。簡単なこと。自分の意志でそうすればいい。
僕等は頑張っても、トランス状態にはならない。何故かというと、目的が違うからだ。頑張れば必ず超集中になれる人達の目的は、集中して、努力して、一生懸命頑張って、何かを成し遂げる事だけれど、僕等の目的は何かを成し遂げる事じゃあ無いからだ。
僕等の目的は、自分を少しでも好きになること。頑張ってる自分が好き、努力した自分が好き、夢に向かって一生懸命に時間をすり潰した自分が好き。何かを成し遂げたいだなんて、これっぽっちも思っていない。ただ、自分を好きになりたいだけ。頑張らない自分よりも、頑張ってる自分の方が好きになれそう、努力しない自分よりも努力する自分の方が好きになれそう。そんなぼんやりとした期待だけで、頑張ってる演技をしたり、努力をしている演技をしているだけ。
頑張っても頑張ってもトランス状態(超集中状態)にならないのは、あなた自身がそうしていないだけ。トランス状態は勝手になるものではなく、自らの意志でそうするもの。全てを忘れてトランス状態で作業をしたいならば、そうなるのを待つのではなく、自らの意志でそうすればいい。簡単なこと。自分の意志でそうすればいい。
バラク・オバマとはなんだったのか。
「40代の弁護士が政治家になって国を変える、そんな事は日本では無い」
アメリカをさも素晴らしい国であるかのように言っていたあの人達はどこで何をしているのだろうか。任期を2年残したバラク・オバマは、ジョージ・ブッシュを超えた、歴代最悪の大統領として認識されている。
確かにオバマは大統領選挙で強かったのかもしれない。けれども、オバマが所属する民主党は、大統領選挙での勝利が濃厚だった優勢政党である。オバマじゃなくたって、ロムニーには勝っていただろう。オバマとは一体なんだったのだろうか。
1,オバマは完全に無能で間違った政治家だった。
無能な政治家を、"YES WE CAN"のワンフレーズと肌の色で選んだ。オバマケアやグアンダモ基地閉鎖なども含めて、オバマの主張を冷静に見れば、オバマが出来もしないこと、やればより悪くなる事をしようとしているのは明らかで有り、愚かな政権運営を行う最悪な大統領になるであろう事は十分に予測出来たが、誰もがYES WE CANの熱狂に踊るばかりだった。民主党の他の候補ならば遙かに良い未来が待っていた。それどころかロムニーですらオバマよりは随分とマシだった。
2,オバマの政策はあっていたが、無能な政治家だった。
オバマケアは考え方としては正しかった。けれども、やり方が180度間違っていた。基地閉鎖問題も考え方は正しかった。けれども交渉能力が無かった。軟着陸させる能力も無かった。考え方としては正しかったが、大統領としては完全に無能だった。
3,正しい有能な政治家だったが潰された。
オバマがやりたいことを思い通りにやっていれば素晴らしい大統領になったのに、抵抗勢力によって潰されたのだ。かわいそうなオバマ。
どれなんだろう。日本語で読めるテキストは何れ幾つも出てくるだろうけれど、2と3の間ら辺でふらついて、「政権運営は失敗だったが、存在自体に意義はあった初の黒人大統領」みたいな落としどころの煮えきれないふわふわとしてテキストが時事ネタでアクセスを稼ぐインターネットライターによって大量に生み出されるだけで終わりそう。「オバマが選ばれる事こそが民意であり、正しい事、正しい選挙」といった日本を覆った謎の雰囲気は総括されないままで未来へと、まったりと続いていくんだろう。もちろん、既にオバマを強い調子で否定している人達は居るけれど、それが"間違ったオバマを選んだ"のか、"正しいオバマを選んだがオバマが間違った"のかはよくわからない。日本のインターネットにおけるYES WE CANの受容は不気味だった。
アメリカをさも素晴らしい国であるかのように言っていたあの人達はどこで何をしているのだろうか。任期を2年残したバラク・オバマは、ジョージ・ブッシュを超えた、歴代最悪の大統領として認識されている。
確かにオバマは大統領選挙で強かったのかもしれない。けれども、オバマが所属する民主党は、大統領選挙での勝利が濃厚だった優勢政党である。オバマじゃなくたって、ロムニーには勝っていただろう。オバマとは一体なんだったのだろうか。
1,オバマは完全に無能で間違った政治家だった。
無能な政治家を、"YES WE CAN"のワンフレーズと肌の色で選んだ。オバマケアやグアンダモ基地閉鎖なども含めて、オバマの主張を冷静に見れば、オバマが出来もしないこと、やればより悪くなる事をしようとしているのは明らかで有り、愚かな政権運営を行う最悪な大統領になるであろう事は十分に予測出来たが、誰もがYES WE CANの熱狂に踊るばかりだった。民主党の他の候補ならば遙かに良い未来が待っていた。それどころかロムニーですらオバマよりは随分とマシだった。
2,オバマの政策はあっていたが、無能な政治家だった。
オバマケアは考え方としては正しかった。けれども、やり方が180度間違っていた。基地閉鎖問題も考え方は正しかった。けれども交渉能力が無かった。軟着陸させる能力も無かった。考え方としては正しかったが、大統領としては完全に無能だった。
3,正しい有能な政治家だったが潰された。
オバマがやりたいことを思い通りにやっていれば素晴らしい大統領になったのに、抵抗勢力によって潰されたのだ。かわいそうなオバマ。
どれなんだろう。日本語で読めるテキストは何れ幾つも出てくるだろうけれど、2と3の間ら辺でふらついて、「政権運営は失敗だったが、存在自体に意義はあった初の黒人大統領」みたいな落としどころの煮えきれないふわふわとしてテキストが時事ネタでアクセスを稼ぐインターネットライターによって大量に生み出されるだけで終わりそう。「オバマが選ばれる事こそが民意であり、正しい事、正しい選挙」といった日本を覆った謎の雰囲気は総括されないままで未来へと、まったりと続いていくんだろう。もちろん、既にオバマを強い調子で否定している人達は居るけれど、それが"間違ったオバマを選んだ"のか、"正しいオバマを選んだがオバマが間違った"のかはよくわからない。日本のインターネットにおけるYES WE CANの受容は不気味だった。
2015年5月25日月曜日
うんざりしてやめる準備
都構想なる投票で負けた橋下が政治家を辞めるそうだ。どんな時でも、どんな事でも、一番楽なのは投げ出す事だ。けれども投げ出すには理由が必要になる。理由無しに投げ出してしまうと、それはまるで負け犬のようだ。理由があれば違う。理由というのは筋の通った言い訳だ。なので、人は誰しも心のどこかで常に投げ出す為の理由を探している。うんざりしてやめる為の理由を待ち望むようになったらおしまいだし、たとえばそれが訪れたとしても無視してスキップ出来るような心構えでいなければならない。とりあえずこのエントリーはうんざりしてやめる
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