2005年3月4日金曜日

人柱募集0103



続・名称未定
パソコンの前にいる時間を上手く使う為のアプリケーション。


無限エラーは、僕がWindowsMEをNT系だと勝手に思い込んで分類していたのが原因で起こっていました。深くお詫びして、なんか本当にすみませんでした。


0102からの変更点
・Me、98、95に対応したと思う。(当方環境が無いので微妙)
・時間表示をまっとうに。



---
続・名称未定
パソコンの前にいる時間を上手く使えないの為のアプリケーション。
WinXP、WinMe、Win2000以外は未対応。
それ以前の問題として、未完成。


0101で報告されたエラーが再現出来ませんが、目星をつけた箇所を全て書き直しました。
けれども、こちらではエラーが1度も出ていませんので、まだ無限増殖する可能性は非常に高いです。これに関しては本当にすみません。

OSがNT系であるかどうかと、エラーの無限増殖が毎秒1つづつ増えて行くのか、とにかくのべつまくなしで無限増殖であったのかだけでも教えていただければ有難いです。


0102ではOSのチェックをしっかりしていますので、OS依存のエラーは出ないと思います。エラーが出そうな所は全て潰しましたが、0101で2日、0102で4時間程使ってもエラーが再現出来ていないので、正直わかりません。
多分まだ出ると思いますが。


0101からの変更点
・タスクトレイからの復元時の処理を適切に。
・OSのチェックを厳格に。
・リスト(0)のエラーが出そうな所を全て書き変えた。

0102未実装点。
・色々。

0102予定。
・思いっきり詳細なエラーログの導入。


---
続・名称未定0101
パソコンの前にいる時間を上手く使えないの為のアプリケーション。
WinXP、WinMe、Win2000以外は未対応。
それ以前の問題として、未完成。

知らない間に時が経つのは、時間が見えないからかもしれない。
というわけで、パソコンの前で何をしていたかを可視化します。
基本的にはそれだけです。



2005年3月3日木曜日

ふたこぶキャベツを探す旅



書ける事柄が無いからといって、適当な表題を書き入れては泥沼に陥るという実例を示すためだけのブログ投稿を行うというわけではない。今僕はむしょうに、むしょうに虹色キャベツを見つけたいのだ。ふたこぶにぎっしりと詰まり輝くドリーミングを欲しているのだ。

心労である。
ショックである。
マグネシウム不足である。


ブロックブログの新着ブログ一覧を眺め続けて遂に見つけた
「上●彩の中学生時代の入浴シーンGET!必見です」
をクリックしたら、スパムメールコレクションブログだった。


全身全霊を注ぎ込んで落ち込んだ。
ふたこぶキャベツを探すのは諦めて、ひとこぶキャベツを2個くっつけてでっちあげ、
「おい、見ろよ!これ!ふたこぶキャベツ。すげーだろ!ふたこぶキャベツー。おめー、これ欲しいか?欲しいか?欲しい?欲しい?あげよっか?欲しい?欲しい?うへへへへ、やらねーよ、バーカ。うへへっへ」って近所の公園の小学生に自慢して回る旅に出ます。
探してもいいけど見つけないで下さい。


2005年3月1日火曜日

募金パーク



Windowsが5回くらい連続して絶え間ない再起動を繰り出した挙句にお気に入りが全て消えた。必死でかき集めてみたのだけれど見つからないサイトがいっぱいあって困る。
もう二度と見ないような所でも、無くなったら無くなったでどうしてか不愉快で、居心地が悪い。

とりあえず一通り拾い集めたんで、SE的思考とあと一個がどこであったか思い出せず探してみたんだけれど見つからず途方にくれ、もう一周してみたけれどまたしても見つからず、なんかやになって違う所を拾い集めてたら凄い事になってた。




高麗和男募金30万握ったままでエロチャット。
エロチャット、エロチャット、朝もはよからエロチャットオオオオ!!
凄い。
これはもう、敵わない。
誰だよ、こんな物凄い人をみすみす引き篭もらせてしまったのは。
戦犯、出て来い。
名乗り出たら許してあげるから、本当おい、今のうちだぞ。こら。


2005年2月28日月曜日

シリアス、バグ。



「どうして痩せないんだろう」と嘆く乙女。
それは、余計なものを食べているからである。

同じように、お金が貯まらないのは余計な出費を行っているからであるし、眠れないのは余計な事を考えているからであり、学力が向上しないのは余計な時間を過ごしているからである。

そういう人間に限って、「どうして」と嘆く。
まったく、真剣さが足りない。
少しばかり気合を入れて真剣に取り組めば上手く行くのにだらだらと、適当に物事をこなしては不満と失望を蓄積させるというのは愚の骨頂である。
無論、世の中には努力と真剣さだけでは解決できない事柄もある。「どうして空を飛べないんだろう」と嘆くだけであった人間が真剣に空を飛ぼうとした所で、誰もが誰も飛べるわけではない。
しかしながら、そのように困難な事柄というのは極めて少なく稀である。

世間に横たわる物事の大半は、気合を入れずとも、怠けるのを止めさえすればうまくいく。必要なのは、少しばかりの真剣さなのだ。



ただし、本人が真剣にやっているつもりであっても、真剣さというものが何であるかを理解していなければ意味が無い。
「どうして痩せないんだろう」の前に、「真剣にダイエットをしているのに」が付くか付かないかの違いだけで、結果はまったく変わらない。

こう書くと、なにやら真剣さというものが極めて困難なものであるかのような響きを帯びるが、実は真剣さというものの正体は至って簡単、単純にして明快なものである。

それは、余計なものの有無である。
人間というものは案外にへぼい。
2つの事を同時には出来ない。
どのような優秀な人間であっても、息を吐きながら息を吸う事は出来ないし、パナマ運河を掘りながらスエズ運河を掘れはしない。一人一つが限界である。文武両道などというものもあるにはあるが、それはそれぞれを別個のものとして真剣に取り組んでこそ成り立つものである。


思い当たって思うに至り、問題点は明確になる。
僕には真剣さが足りない。

強くなりたい、正しくありたい、ゲームがしたい、もっと、もっと、もっと、なにか。けれどもなぜだかうまくはいかない。今となっては明らかである。僕と僕を取り巻くその全てという余計なものを気にしては、余計な時間を過ごしていたからである。

余計な物に包まれて、余計な事を考えながら、なにもかもが上手く行かないふりをしてあれもこれもがどうしてだろう。どうしてだろうとぐだをまいては嫌になり、余計な世界へ逃げ込むループ。
余計な物が多すぎる。

僕が今日、なにもかもが上手く行かずにどうしてだろうと嘆く真性引き篭もりである理由は、余計なものが多すぎるというその一点に起因するのだ。他の理由はまったく無い。


いらない、いらない。全部いらない。
インターネットもDOTA allsatarsも300万本売れるシューティングゲームも、ブログもメールもブログ巡りも、ネメシスも早業のハルバートも朝も夜も、無理して食べる食パンも、ウェブサーフィンも書く文も、全てが全て余計でいらない。



僕は僕というものが上手く回らない全てを捨て去り改める為、真剣に、インターネットもDOTA allsatarsも300万本売れるシューティングゲームも、ブログもメールもブログ巡りもネメシスも早業のハルバートも朝も夜も、無理して食べる食パンも、ウェブサーフィンも書く文も、全て捨て去りシリアスに、僕は真剣に真性引き篭もる。


リンク切れの物は削除してくださるとありがたく思います。



(ノ∀`)タハー






というのは実は嘘で、アフィリエイトな糞ブログから糞トラックバックが来たのに激昂して反撃しようとしたものの、トラックバックはおろかコメントすら許可していないような真性引き篭もりブログであった事に憤怒々してみたものの、トラックバックを削除するというのは非常にnot meな事態であるので悩んでいると名案を思いついたので実行してみたら、見事にアフィリエイトな糞ブログからの糞トラックバックを不可視に成功して物凄く満足している所である。重複トラックバックは追って削除しましたので気にしないでください。


2005年2月27日日曜日

【ほんとうに】投稿しそこねました。【すいません】



昨日投稿を行うと予告していた
「300万本売れるシューティングゲームの作り方」
ですが、真性引き篭もりhankakueisuuが

>シューティングゲームに興味の無い読者さんは
>明日アクセスしないでください。
という一文に誠実に従ってしまった為、投稿出来ませんでした。


今回、大変ご迷惑をおかけし、まことにもうしわけございません。
もうしわけございませんでした。



ところで、ブロックブログのトップページの新着ニュース一覧から、障害情報だけがごっそり消えたのはどういう事だろう。いえ、何も。いやー、ねえ。


2005年2月25日金曜日

SOS、助けてください。



真性引き篭もりがピンチです。
ブロガーがブログで発言するなんてかっこ悪い。
時々、そう思っています。
ノートパッド.exeで語れと。

しかし、そのような事を言っておられぬ状況です。
恥を忍んで、馬鹿を承知で。
中略働けmyself。
以上。











以下。
http://www.triangleservice.co.jp/html/trizeal/sos/en.html
トライジールに何が起きているのかを確認すべく、片っ端から読んで回ったのだけれど、読めば読むほど悲しくなった。
なにが悲しいって、まず文章が面白すぎる。
本物には勝てないのだという迫力をまざまざと見せ付けられた。
それはさておき、本当に悲しい。
シューティング脳は悲しい。





売れないゲームソフトの製作者が、そのソフトを売る為に「SOS、助けてください」とやったというのがあらましであり、そこからして悲しいのだけれど、本当に悲しいのはその周辺である。

該当シューティングゲームであるトライジールの評判を調べまわってみた所、ほぼその全てが悪評であった。
いや、それにも例外はあって、例えばファミコン通信.comなどでは、


>縦スクロールシューティングの復権! 『トライジール』
>●久しぶりに熱くなる!!
>こりゃやるしかねぇ!!

とまあ、このような有様であるのだけれど、こういう例外を除いてはほぼ全てのシューティンガーが芳しくないという評価を下している。

シューティングゲーム中毒者達は、シューティングゲームを守りたいと思っているのは確実である。買い支えて、遊んで、次回作が出るように100円でも貢献したいと考えているようである。





けれども、トライジールというシューティングゲームと、その続編にあたるだろう未来のソフトウェアを守りたいと考えている人はほとんどいないというのが実情である。

にもかかわらず、この記事に触れたシューターの方々は、助けよう!買おう!という方向で進んでいる。



トライアングルソフトウェアがやるべきだったのは、
「SOS、買って下さい」ではなくて、
「面白いです、買って下さい」だったはずである。
面白さを裏づけするムービーを出し、体験版を出し、どのようなゲームであるのかの説明を出して訴えるというのが正しい道であり、本当はそうするべきだったのだ。

結局の所、「面白いです」と書けないシューティングを作ってしまったトライアングルソフトウェアに残された手は「SOS」しか無かったのだという事なのだと思う。
そのようなゲームとゲーム会社は淘汰され消え行くのが当然であり、定めである。

面白いシューティングゲームと、力量のあるシューティングゲーム製作会社のみが生き残った方が、シューティングゲーム界隈にとっても有益であると思う。
トライアングルソフトウェアが生き残る事により何人のユーザーが幸せになるのかという事を想像しても、絶望に近い数字が浮かぶ。
より強く言うと、淘汰され消えるべきである。
初めて店頭で手に取ったシューティングゲームが糞ゲーだったというよりも、面白いゲームであったという方がゲーマーにとってもジャンルにとっても良い事なのだから。





けれども、この「SOS」の本当は、そういう事ではないのだ。
「SOS、助けてください」の主語に来るものは、トライアングル・サービスでも、トライジールでも、トゥエルブスタッグ・リミテッドでも、プロジェクトラムダでもない。

一人のシューティング脳患者、である。
シューティングゲームというものに見入られ、ロマンを感じた人間にとって、この能力不足で時勢を読むにも事欠いたドリームな一人のシューティング脳患者から発せられる「SOS」は他人事では無いのだと思う。

会社を辞めて借金をして、戻れぬ道へ立ち入ってしまった一人のシューティング脳患者の姿は、淘汰され消えるのが正しい姿、などとは口が裂けても言えない位に身につまされるもので、同じ病を抱えた人間ならば、予約せずにはおられぬだろう。





SOS文に爆笑し、トライジールというシューティングゲームがもっと凄い面白いものだと思って、これは面白いぞと嗅ぎ回った僕としては「見なければよかった」という悪評の山と「見なければよかった」という惨状と「見なければよかった」というあまり明るくない文章を書くに至ってしまい、まことに不本意である。
もっとHAPPYでのほほんでほんわかな話だと思ったのに。
まったく、当てが外れた。






もう、正直見てられん。
こうなったら、僕が立ち上がるしかない。
はっきり具体的なものを書いてやると決意して、
「300万本売れるシューティングゲームの作り方」
という投稿を行おうと思ったのだけれど、トライアングルソフトウェアのウェブサイトで公開されているムービーを2Dシューティングのものだと思ってクリックしたら、最も苦手なタイプの3Dシューティングであった為に、ぐりんぐりんに酔っては頭痛を誘発してしまい、とてもじゃないが書けるコンディションではなくなってしまったので、まことに無念ではあるが、「300万本売れるシューティングゲームの作り方」を書いて投稿するのは明日にしようと横になる。

よって、明日の投稿は「300万本売れるシューティングゲームの作り方」なので、シューティングゲームに興味の無い読者さんは明日アクセスしないでください。
よろしくお願いします。




真性引き篭もりがピンチです。
頭痛と吐き気が共鳴します。
おやすみなさい。さようなら。


背景が黒は文字が読めないような気がしてきたので白くしてみた。



これはこれで、微妙な気がする。


背景に色がついているblogを見てると背景が白は目に痛いような気がしてきたので黒くしてみた。



どうも、微妙な気がする。


2005年2月24日木曜日

脳内彼女



脳内彼女を作ろうと努力をしたのは、1度や2度の事ではない。
けれども僕には出来なかった。


この国のどこかに将来僕と一緒になる人がいて、その日が来るまで待てばいいと思ってた。まで待とうと思ってた。けれども一人待つのは寂しくて、待ちくたびれて、誰かを探した。
脳内彼女を、探して瞑った。
脳内彼女が欲しかったから。違う日常が欲しかったから。
歩いたり、走ったり、沈む夕日を惜しんだり、2週間も口を聞かなかったり、部屋の財布を持ち逃げされたり、またよろよろとぎこちなく、腕を組んだりしたかった。

けれども僕には出来なかった。
脳内彼女が作れなかった。
僕と誰かの恋物語というものは、コメツキムシとマッコウクジラの4時間に及ぶ決闘を想像するよりも難しく、荒唐無稽なものであり、言葉足らずの僕の脳では成し遂げられぬ大事業だった。
何度も何度も試したけれど、まずなによりも無理だった。
脳内彼女を思い描く前に、僕自身を思い描くという事が出来なかった。






ところで見事に話は変わる。
いや変わらないのだけれど、アマゾンアソシエイトです。

左も左赤も赤、極左の極左の真っ赤っ赤な真性引き篭もりとしては、
>「村社会に貨幣経済が導入されて、共同体が崩壊うんぬん」
といった話を思い出されるのは非常に光栄なのですが、そこはですね。

そこはですね、やはりアマゾンアソシエイトでNOと言えで書いたのはあくまでもゲームレビューとアマゾンアソシエイトの関係であり、作業用アプリケーションだとか本だとかCDだとかといったものの事まで考えて書いたわけではないのです。
ピンポイントの狭い範囲を対象として書いたわけです。

評価の指針が無い上に、かなり特殊な商品です。
数十時間の拘束を求めるのは当たり前で、価格は書籍の3から5倍で、ベストセラーの10倍以上も売れる商品が定期的に出ます。よく出来たソフトウェアは往々にして糞ゲーであり、売り上げのよいソフトは往々にしてよく出来ている。よく出来ているからして良いレビューなど書き放題で、それは非常に魅力的であり、大抵の人は泳いでしまうのです。

「ゲームが全て」という捻じ曲がった人生を歩んでいる人間は大勢いるわけで、そういう人達にとっては、ネット上に存在する数少ない優れたゲームレビューの書き手がアマゾン川に行ってしまうという事は真に由々しき事態なのです。
欲望の権化が週に10冊30時間というのは可能ですが、週に10本200時間というのは不可能で、やっぱりいいレビューが欲しいよね。という、特殊な人の特殊な死活問題に焦点を当てたアンチアマゾン.comなのです。







と、一応アマゾンアソシエイトにNOと言え、である。
けれども実は、あれを書いた本当の所はそこではない。
もちろん、そういうつもりでも書いたというのは事実だけれど。


>悪いゲームレビューブロガーによる悪いゲームレビューブロガーへのエントリー。
というのは、真性引き篭もりから真性引き篭もりへのエントリーという事であり、

>インターネット革命をもう一度。
というのは「ドラゴンクエスト」と検索した日のときめきを。

>ウィザードリークラシックスだけであり、
で「シドマイヤーズアルファケンタウリしか貼ってないから」という言い訳を潰し、

>その神経を疑うのだが。
止めを刺して人格否定。




「村社会に貨幣経済が導入されて、共同体が崩壊うんぬん」
とはまったくの、別のおはなし。
書いた本人くらいしかわからない。
なにせ、真性引き篭もりですから。
実は、こちらがメインであったのです。




確実な未来はおろか、不確実な自分自身すら思い描けなかった僕にとって、唯一思い描けるばら色の未来というものは、かなりの長きに渡りドラゴンクエスト6の発売のみであった。
それは僕にとって希望であったし、脳内彼女でもあった。
あと百万回瞬きをすればドラゴンクエスト6、あと300回目覚めればドラゴンクエスト6、あと100回登校すればドラゴンクエスト6、ドラゴンクエスト6。
その希望はこともあろうかドラゴンクエスト6によって打ち砕かれたわけだけれども、それでも僕は年に2本のゲームソフトを選択する為に、週末が来る度本屋へ通い、ゲームレビューを読み漁る迷惑な客をやり続けた。
そしてオープニングとBGMだけがよく出来た糞ゲーを掴まされては、糞ゲームレビューと糞雑誌と糞スポンサーと糞企業、大人というものを憎んで泣いた。


やがて5年の年月が過ぎ、インターネットに出会うに至り、ゲームレビューを手に入れた。更に少しの時が過ぎ、僕はコメントに流されて、悪いゲームレビューを貼り付けた。

いやになった。
呼吸を忘れて耐え忍べば訪れるはずだった未来はそこにはなくて、辿り着いたのは真性引き篭もりであったというだけでも金縛りであるのに、あの日憎んだ大人のようなものになってしまったという事はとても悲しくて、投稿ボタンを押すに至った。
コメツキムシやマッコウクジラにはなれなくても、脳内彼女と出会えなくても、せめてあの日々に思った「ゲームレビューを読みたい」という希望くらいには答えてやりたかった。
けれども、それすら成せなかった。

おそらく彼は罵り憎む。
僕の姿に激昂する。
罵詈雑言を浴びせるだろう。
僕がああにまでして耐え忍んだのに、それがお前のやり口なのかと。
汚くずるい、恥を知れ。おいしいとこだけ取りやがってと。
あほやまぬけでは済まぬだろう。




結局の所、彼の努力は無駄だった。
近所の大きな本屋を避けて、遠くの本屋へ半日漕いだ彼の望みは、ひとつぶひとつぶ結露と消えた。僕がぬぐって消し去った。
人として彼の努力に応えてやる事は出来なかったし、
彼の上った坂道の、百分の一も上れなかった。
もっと、もっと、流された。
僕の努力は全部嘘っぱちで、彼の努力は全部本物であった。
土下座をしても、まだ足りない。
僕は、僕の、まがいもの。