2005年2月23日水曜日

バラモスゾンビは死んでいる。



http://blog.livedoor.jp/taitai999/archives/14629524.html#comments
>「TAITAIだったら絶対怒って反論してる!」
が真であるか偽であるかを確かめるべく、
真性引き篭もりhankakueisuuが立ち上がった。


本来、今日の投稿はぬけぬけのうのうとバラモスに絡んだバラモスゾンビに激昂した件を書くつもりであったのだ。ドラクエ3はドラクエ5の足元にも及ばぬ糞ゲーだ。
だいたいからして、あいつが悪い。
バラモスゾンビが全部悪い。


立派な箱物だけ作っておいて、一体おまえはどこにいる。あんたがしっかりしていないからこんな事になったんだろう。洋ゲームのコミニケーション用アプリケーションを作るという話はどうなった。ふざけるな。
なんか今検索してみたら、


>サイトを引っ越し&リニューアルしました(/_;
ってなんだ。ふざけるな。
箱物はどうなった箱物は立派な箱物すら撤収かよ職業ゲーマーめ。
その顔文字からして腹立たしいエセゲーム好きめ。
貴方はもうゲームに救いを求めていないのだ。
ゲーマーじゃないのだ。それ以外の何者かなのだ。
ゲーム以外の趣味を見つける事が出来なかった哀れな大山羊ではないのだ。
騙ってブロガーしてんじゃねえよ。しかもそのブログがなかなかどうして相当に面白いからむかつく。書くなら書くでせめてバラモスよりつまらない文章をかけよ。遠慮ってものを知らないのかよ。プロのくせに本気出してんじゃねえよ。なんか日本語で書いたらどうしても本気出してしまうとかなら、フィリピン語で書け。フィリピン語で。


>今後ともよろしくお願いします。
いやじゃ。
今度目の前に現れたらパラディンでhealnukeして殺してやる。
生身の体にはhealだけれど。


というかバラモスゾンビがだらだらしつこく絡むから、バラモス倒れちゃったじゃないかよ。どうすんだ。RTSゲーム界の中心に腐ったバラモス、つまりはバラモスゾンビが2匹だなんて、それこそおしまい末世だろう。そんな世界にしたいのかよ。


というか、バラモスもバラモスだ。
そんな雑魚相手にするんじゃねえ。だいたいからして、バラモスゾンビは部下だろう。配下だろう。揮下のpeonだろう。そんな奴を相手にするから倒れるんだよ。無視の一手を決め込むべきだ。決め込まないからよいのだけれど。よいのだけれど、やっぱり決め込むべきだ。無理するなよー。大将なんだからさー。ね、大将なんだから。あとメントスさんごめんなさい。名前間違えてごめんなさい。


というかそもそもバラモスゾンビの分際でおおがらす以下のしゃれこうべにトラックバックするとは何事だ。インターネットの世界にはしっかりとした階層社会が構築されてあり、それは洋ゲームというものを中核とした世界であっても同じ事である。ハイソサエティはハイソサエティらしくハイソサエティ同士でハイソってればいいのだ。わきまえろ。



立ち上がったのだけれど、アフェリエイトでと書くつもりの所にアフィリエイトと書いてしまい、アフィリエイトと書くつもりの場所にアフェリエイトと書いてしまった事に酷く落ち込み落胆し、気力という気力の全てを失ってしまったので、まがいものから一部抜粋しただけですませてしまったという、勝算どころかやる気すら無いレッツゲレロンに遠く及ばぬレッツ、ゲレゲレ。






それ以前に、実は。
akisayaはakisayaだ。の投稿ボタンを押す寸前までバラモスゾンビについて7行ほど書いてあったのだ。二度手間もいいとこだ。こんな事なら添削するんじゃなかった。というわけでバラモスさんはゾンビさんにならないように気をつけてくださいというかほんと倒れて転げないようにいのちをだいじに


ジャバスクリプトうぜー(変更前)



うぜーうぜーまじうぜー。
ジャバスクリプトがまじうぜー。



だいたい、まず、かっこ悪いんだよ。ジャバスクリプトは。
色気づいた男子高生が背伸びしてハウトゥー書いてるサイトからコピりました、みたいな。
絶対MIDIが鳴ってるだろ!みたいな空気が漂うわけじゃん。
RPGMIDI、キリ番ゲット、ジャバスクリプト、みたいな。
もうその時点でださいわけ。


いや、まあ、こういうのは良くないと思う。
人格批判みたいなものであり、ちょっと今の無し。







うぜーうぜーまじうぜー。
ジャバスクリプターまじうぜー。


例えば、ライブドアブログ。
「4月」「5月」「6月」
とかのモンスを選ぶジャバスクリプトBOX。
普通のリンクじゃ無いわけだ。

これが不愉快非常に不快。




本来ならばジャバスクリプトの思想~、みたいなのは、ユーザービリティを上げる為に~、みたいな大義名分があるわけじゃん。ところがこれ逆。まったく逆。



普段4つのブラウザーを併用しているという某物凄いマスター達人ウェブサーファー人間の方は、全てホイールクリックで「新しいウインドウを開く(新しいタブで開く)」に設定している。

その普段通りの操作がジャヴァスクリプトに殺されるわけだ。
中クリック!とか思っても、中クリック出来ない。


うぎゃーーー。だ。うぎゃーーー。


ボタン形式じゃなく、ジャバスクリプトで「新しいウインドウを開く」の場合は中クリック出来る。普段通りの操作ができる。

けれども、新しいウインドウで開かれるのは「javascript~」とかいうわけのわからない文字列で、手間手間二度手間、三度手間。いやがらせとしか思えない。


うぜー。うぜー。まじうぜー。
ジャバスクリプトまじうぜー。冗談抜きでまじうぜー。



だいたいさー。
ジャバスクリプトで何がやりたいわけ?わかんねー。
おまえらアヤックス言いたいだけだろ。


Aフィリップス
Jスポーツ
Aアイントフォーヘン
Xエクストリーム
だっけ?


オランダ語わからないのでよくわからないけれど、ちょっとはロッテルダムの気持ちになって考えてみろよ。やっぱりアヤックス言いたいだけだろ。言いたいだけだ。
物凄い悲しいじゃん。



もうさー、だいたいからして矛盾しているわけよ。
Web2.0の思想と相反しているわけよ。
知らないけど。全然知らないけど。


だって、自由にユーザーが好き放題、ってジャバスクリプト使われた時点で自由でも思いのままでもなんでもない。ウェブサイト丸ごと取り込んでテキストエディタでALL読む派の気持ちにもなってみろよ。CSSってだけでうんざりするくらいなのに、ジャバスクリプトでリンク張られたりするともう、取り込み自体が出来ないわけ。手動でえっちらおっちら1つづつ保存して、何の為に保存しているのかよくわからなくなるわけ。

あと、ジャバスクリプトとかCSSとか使いまくられると機械翻訳とかも通らないし。物凄い不便。


なんかさー、もう単純にCSSとかジャバスクリプトとか全部無しで、静的なHTMLのリンク欲しいわ。テキストはRSSだADOMだXMLだって言われても、HTMLの方が圧倒的に普遍的だし。




とりあえず、普段使っている中クリックで「新しいウインドウで開く」が出来ないようなジャバスクリプトサイトは消えて欲しいね本当に。不便なだけだから。一つ残らず消えて欲しいね。Flashは論外





http://www.uefa.com/index.html
こことか。


2005年2月22日火曜日

まがいもの



ニートになりたかった。
なれるものならなりたかった。
それが無理であるならば、せめて引き篭もりになりたかった。
けれども僕がなってしまったものは、自らが倒れこむ音にすら背中を凍らせる、真性引き篭もりというものである。



僕にだって希望はあった。
もっと素晴らしいものになりたかった。
このようなまがいものではなく、ほんもののものになりたかった。
ベンチにいるのにレッドカードで退場になる人とか、パプアニューギニアで消息不明になる人とか、ジェットで空飛ぶ人とか、雪の女王とか、そのような夢や希望に溢れかえった正真正銘の本物になりたかったのである。

けれども、僕はまがいものである。
疑う余地も無いほどの、正真正銘純度100%本物のまがいものである。






ニートにすらなれぬのならば、せめて馬鹿になりたかった。
例えばである。

真性引き篭もりに200字というものを求めるならば、心臓の200個でも差し出して然りとはいえ、須藤志保さんは心臓を200個もお持ちでないであろうからして、肺の200個で勘弁してやらぬでもない。肺すら出せぬなら勝手にやれ。と激昂してむやみやたらとキーボードを2000回くらい叩いたものに対して、


>後日1冊送付致しますので、しばらくお待ちください。
といったメールを返すくらいの本物の馬鹿になりたかった。
というかおいちょっと待て須藤志保。
思い上がりも程々にしろ。

人が2日仕事で送りつけた空トラックバックをアンフェアーに削除するような糞ブロガーの糞ブログが載っているような糞本を、誰もが欲しいと思っている時点で脳内ハロウィン祭りである。かぼちゃお化けの脳以下である。

というか、馬鹿だとかどうだとか言う前に、須藤志保とよろしくやりたい。
生まれてこの方、女というものと口を聞いたこともないような人間に女性名前でメールをするという時点でふざけている。真性引き篭もりというものは、そのようなものを見たらよろしくやりたい以外に物事というものが浮かばなくなる身分であるのだ。



だいたいからして、このブログ自体そうなのだ。
以前に宣言したように出会い系ブログなのだ。
よろしくやりたいというその一心だけをモチベーションにして更新を続けているのだ。
嘘だとか大げさだとか紛らわしいだとか詰め込みまくり、
「ああ、真性引き篭もりhankakueisuuさんって素敵。よろしくやりたいよろしくやりたい、出来ることなら今すぐにでもよろしくやりたい」
と世界中の女学生という女学生を虜にするその目的だけの為に更新をし続けているのだ。
だから、女学生に嫌われてしまいそうな投稿は一切行っていないし、女学生に嫌われてしまいそうな文章は1つも書いていない。

どうすれば行かずに済むのかと頭を悩ませた挙句にコンニャク畑の空容器に小便をし、それを引き出しの中で数日寝かせて腐らせてから飲む事により体を壊して病気になろうとしていただとか、登校途中に蟷螂の卵を見つけては、毎日「もしかして」「もしかして」と横目に悩み続けた挙句に食べてみたのだけれど、今では白菜に塩して食べただけでも座ってられぬくらいに脆弱で貧弱な内臓はどうした事かびくともせず、蟷螂になる寸前の命が大量につまったものを噛み砕いてしまったという罪悪感と、今も焼きついてはなれぬ舌感だけが残っただとか、小便では駄目だと悟ったので休みが来るまで毎日尻を左手でぬぐって大便を食べていたのにどうしてか倒れなかっただとか、そういう事はこれまで一切書いて来なかったし、書くつもりはまったく無いし、これから先も書く気は無い。
当然である。
だって、そうである。
うんこを食べていた人間と接吻をしたいなどと思う人間はおらぬであろう。
今もうんこが胸に突き刺さるのだ。
想像しただけでも絶望的である。
想像する以前に絶望的である。

だからして、僕は真性引き篭もりブログにおけるありとあらゆる投稿上で僕自身を美化し、称え、賛美し、アクセスした女学生という女学生をひっかけてよろしくやるつもりである。
それだけではない。
アクセスしていない女学生という女学生もだまくらかしてよろしくやるつもりである。
朝から朝までよろしくやる中で適当によさそうなのをキープしたりもするつもりである。容姿や体型は好みで無いのだけれど、金を持っているという理由においてキープして、容姿や体型を誤魔化すためにスクール水着を着せたりしてよろしくやりまくるつもりである。
僕は物凄く容姿端麗であるし、強くストロングだし、器用にアジリティだし、知的にインテリジェンスなのだ。夜から夜まで脳内よろしくやりたいなのだ。

しかしながら、本当によろしくやりたいのかどうかと問い詰められれば疑問が残る。
寝ている時以外はwarcraft3.exeを立ち上げていたという点を差し引いても、よろしくやった記憶が無いというのは、もう消耗しきって負け戦なのかもしれない。
ちきしょう。
よろしくやりたいのに。
本当は多分物凄くよろしくやれるのに。
けれども、無理なのだろう。
ニート、せめては引き篭もりといった事柄すら成し遂げられぬ僕が何かを望んだって、それらが成し遂げられるわけがないのだ。
よろしくやりたい、それが無理ならばせめてちんこでも咥えたい。
と思ったとて、それすらも無理なのであろう。


もう僕は何をも望むべきではないのだ。
物分りのよいふりをしてよろしくやりたいと思うのはやめるべきなのだ。
純度100%のまがいものは、どこをどう精製したとてまがいものにしかなれぬ。
僕は真性引き篭もりなのだ。






本来、今日の投稿はぬけぬけのうのうとバラモスに絡んだバラモスゾンビに激昂した件を書くつもりであったのだ。ドラクエ3はドラクエ5の足元にも及ばぬ糞ゲーだ。
だいたいからして、あいつが悪い。
バラモスゾンビが全部悪い。

立派な箱物だけ作っておいて、一体おまえはどこにいる。あんたがしっかりしていないからこんな事になったんだろう。洋ゲームのコミニケーション用アプリケーションを作るという話はどうなった。ふざけるな。
なんか今検索してみたら、

>サイトを引っ越し&リニューアルしました(/_;
ってなんだ。ふざけるな。
箱物はどうなった箱物は立派な箱物すら撤収かよ職業ゲーマーめ。
その顔文字からして腹立たしいエセゲーム好きめ。
貴方はもうゲームに救いを求めていないのだ。
ゲーム以外の趣味を見つける事が出来なかった哀れな大山羊ではないのだ。
偉そうに語ってんじゃねえよ。しかもその文章がなかなかどうして相当に面白いからむかつく。書くなら書くでせめてバラモスよりつまらない文章をかけよ。遠慮ってものを知らないのかよ。プロのくせに本気出してんじゃねえよ。なんか日本語で書いたらどうしても本気出してしまうとかなら、フィリピン語で書け。フィリピン語で。

>今後ともよろしくお願いします。
いやじゃ。
今度目の前に現れたらパラディンでhealnukeして殺してやる。
二度と近寄るんじゃねえ。

というかバラモスゾンビの分際でバラモスに絡むから、バラモス倒れちゃったじゃないかよ。どうすんだ。RTSゲーム界の中心に腐ったバラモス、つまりはバラモスゾンビが2匹だなんて、それこそおしまい末世だろう。そんな世界にしたいのかよ。

というか、バラモスもバラモスだ。
そんな雑魚相手にするんじゃねえ。だいたいからして、バラモスゾンビは部下だろう。配下だろう。揮下のpeonだろう。そんな奴を相手にするから倒れるんだよ。無理するな。無視の一手を決め込むべきだ。決め込まないからよいのだけれど。よいのだけれど、やっぱり決め込むべきだ。大将なんだからさー。ね、大将なんだから。あとメントスさんごめんなさい。名前間違えてごめんなさい。
というかそもそもバラモスゾンビの分際でおおがらす以下のるしゃれこうべにトラックバックするとは何事だ。インターネットの世界にはしっかりとした階層社会が構築されてあり、それは洋ゲームというものを中核とした世界であっても同じ事である。ハイソサエティはハイソサエティらしくハイソサエティ同士でハイソってればいいのだ。わきまえろ。






といった内容のブログ投稿を行うつもりであったのだけれど、ニートの文章を読んで激昂が失せてしまい、バラモスゾンビなどどうでもよくなった。

僕は数ヶ月の間、自分を美化し続けて、己はニートなのではないか、あるいは潜在的には引き篭もりなのではないかといった幻想を抱き、ある事ない事でっちあげて己の支えとしてきたのである。


そうではなかったのだ。
わかっていた事ではあるのだが、そうではなかったのだ。

真性引き篭もりというまがいもの100%で構成されたニートは、ニートではない。
真性引き篭もりというまがいもの100%で構成された引き篭もりは引き篭もりではない。
ましてや髭でも眉毛でも禿でもグラサンでも岡本でもいわゆるダメソフトでもなく、僕は正真正銘まがいもの、真性引き篭もりそのものであるのだ。



僕は今日まで、ニートというものの書いた文章を読んだ事がなかった。
つまりは、ニートというものを知らなかった。

だから「僕はもしかしてニートではないのか」という希望を抱いて生きていたのだ。
しかし、それを読んではっきりとわかった。
僕はニートでは無いのだ。
真性引き篭もりなのだ。



人は彼を笑うのだろうが、僕は彼は勝っていると思う。
間違いなく勝っていると思う。
巨人は横浜を笑い、横浜はダイエーを嘲笑うだろう。
ダイエーはオ近を笑い、オ近は楽天を嘲笑うだろう。
楽天はライブドアを笑い、ライブドアは応用通信電業を嘲笑う。

真性引き篭もりは誰かを笑い、誰かは僕を嘲笑うのだ。
下の下のそのまた下の地球の中心のまだ下の裏側のブラジルのリオデジャネイロのカーニバルのジーコファルカンソクラテスなのだ。
ジーコファルカンソクラテスなのだ。
ジーコファルカンソクラテス・・・
ジーコファルカンソクラテス、、、
ジーコファルカンソクラテス。。。






人は彼らを笑うのだろうが、僕は彼らは勝っていると思う。
間違いなく勝っていると思う。
巨人は横浜を笑い、横浜はダイエーを嘲笑うだろう。
ダイエーはオ近を笑い、オ近は楽天を嘲笑うだろう。
楽天はライブドアを笑い、ライブドアは応用通信電業を嘲笑う。

真性引き篭もりは誰かを笑い、誰かは僕を嘲笑うのだ。
下の下のそのまた下の地球の中心のまだ下の裏側のブラジルのリオデジャネイロのカーニバルのジーコファルカンソクラテスカルテットなのだ。






人間は誰しもが後悔というものを持つ。
「あの時ああしておれば」
「あの時こうしておれば」
というものを持つ。

純度100%まがいものの真性引き篭もりだって、そのようなものはある。
しかし、それ自体がまがいものであったのだ。

右も左も左も下も、全てが真性引き篭もりであり、逃れる道はなかったのだ。
僕のただ一つの問題は、その現実を受け入れなかっという点にあるのだ。
どこからではなく、最初からなのだ。



どこからかと自分に問われれば、お前が殺したんだと言われ認めた時からだと自分自身には言ってあった。しかしそれも違ったのだ。層化だとかエホバだとか法の華だとか天理だとか生長の家だとか統一教会だとかアムウェイだとかヤマギシだとか気合でなんでも治す人だとかといったものを物心つく前から一通り連れ回されたが僕ははじめからおわりまで純度100%まがいものの真性引き篭もりであったのだからして、真性引き篭もりなのだ。
他の理由は一切無いのだ。

というかあの頃僕に使われたお金というお金の全てがあればDOTA allstarsというDOTA allsatarsを買い占める事だって出来たのに。replayaers.comとかだって買えたのに。RMTでよろしくやりまくる事だって出来たのに。
もうよろしくやれればなんだっていいのだ。
ちんこが無理ならかすみちゃんブルー抱き枕とかでもいいのだ。
この際ミスタードーナツで30点溜めて貰えるガラスのコップとかでもいいのだ。

無駄だ。
全部無駄だ。
何を書いても無駄だ。
何を思っても無駄だ。
明日使えない無駄な真性引き篭もりを貴方にだ。
そんなものいらない?
黙れ受け取れ持ち帰れ。
ヤフーオークションで売るべきだ。




結局の所、僕は真性引き篭もりなのだ。
世界最強のDOTA allsatarsAIでもなければ、ニートでも引き篭もりでもブロガーでも無いのだ。純度100%まがいものの真性引き篭もりなのだ。
どう精製しても磨いても真性引き篭もりなのだ。
2身合体しても3身合体しても進化しても劣化しても突然変異してもカオスのブレスを浴びても鉄仮面を身につけても超神水を飲んでも真性引き篭もりなのだ。
正真正銘純度100%まがいものの真性引き篭もりなのだ。



シューターモドキを気取ったってシューティングなんて出来ないし、ゲーマーを気取ったってゲームなんて出来ぬのだ。ましてや、ウェブサーファーを気取った所でウェブサーフィングなど出来ないし、ブロガーを気取ってみた所でブログなんて書けぬのだ。
誠心誠意の誠実愉快な文章などを書こうとしても、文章なんて書けぬのだ。





だから僕は真性引き篭もりをやる。
誠心誠意、誠実に、正直に、嘘をつかず、真っ当に。出来うる限りに良いように。


2005年2月21日月曜日

本文もウゴウゴさせる方法



足を肩幅の倍くらいに広げて腰を10センチほど浮かせ、頭を上下左右にシェイクしてください。この際、酔っているとよりウゴウゴできます。

それでも本文がウゴウゴしないという人は、ウゴウゴへの愛が足りません。
ウゴウゴニスタ失格ですので、0からやり直してください。


ブロックブロガーの憂鬱



朝方、とはいっても世間では夜更けと呼ばれる頃合にブログ投稿を行った。
65エラーとやらが出て、その文章がつままれ消えた。
試しにもう一度ブログ投稿をしてみると、その文章もどこかへ消えた。

それはよいのだ。構わぬのだ。
だって、そうである。
重いだとか繋がらないだとかいったものは、ブログサービスには付き物であり、それ自体は何の問題もない。消えてしまった投稿は、一晩寝かせて書けば済む。


ブロックブロガーにとって憂鬱なのは、重いだとか繋がらないだとか微妙に不便であるとかいった事などではなく、ブロックブロガーであるという事実である。


なにしろ、逃げ出す手段が用意されていない。
宙吊りのゴンドラに押し込められた中学生のように、揺られるままにブログするしか道は無い。そりゃあ、相当の無理をすればられるかもやもしれないけれど、のだめやシードが逃げるとなれば半日仕事となるだろう。偽なんかはもっと大変だろう。これは、無いに等しい。



逃げ出す手段が用意されていない事は、逃げ出すつもりの無い人間にとっては問題ではない。しかし、逃げ出すつもりの無いブロックブロガーにも、頭を悩ます問題がある。
ブロックブログの未来像が思い描けないという問題である。

数百人数千人、あるいは数万人のユーザーを抱えて、ブロックブログが用意している集金手段は月200円の画像アップロードオプションだけであり、そのサービスを利用している人間は限りなく少ない。
火を見るよりも不採算である。


それを見てしまうと、何かトラブルがあった際にブロックブログが音を立てて崩れ落ちてしまうのではないかと不安になる。逃げ出すつもりがなくても崩れ落ちたブログサービスに住む事は出来ない。
物凄く、不安である。



更に、月200円の画像アップロードオプションを使用している人間がいるという事実でさえも、多数のブロックブログユーザーにとっては憂鬱の種である。
支払う予定が無い人間、あるいは支払い能力を持たない人間がブロックブログでブログを書くというのは、月200円の画像アップロードオプションを使用している人間の脛をかじり続けるという事であり、脛を齧るを潔しとしない人間にとってはまことに心苦しい。




現状のブロックブログにとって最も望ましいユーザーは、

・画像をアップロード出来る自分のウェブスペースを持たず、
・アクセス数は限りなく0に近く、
・ブログに画像を載せたいと思っている。

となるわけで、ユーザーを100万人増えた所でそのような人間がどれだけひっかかるのだろうかという事を考えると、現状ではどちらへ行くのも無理だろう。
支払い以前に、画像を載せたいと思う人間の割合からして苦しい。


ブロックブログが苦しむのは勝手なのだけれど、上記3点に当てはまらないユーザーは何かがある度に、自分自身がブロックブログにとって害悪でしかないという事実に気がつかされ、気がついた人間は憂鬱になる。

アクセス数が0に近くなく、画像を載せたいとほとんど思わない、支払能力を持たない、ヘビーなブロックブログユーザーにとって、ブロックブログでブログを書き続けるという事は神経をすり減らす作業なのである。
もしも、ブロックブログが巨大な会社の巨大なサービスであれば、気を揉む事など無いだろう。しかし、ブロックブログを運営する電気なんとか応用なんとか社のブロックブログというものは、巨大な会社の巨大なサービスではない。


巨大な会社の巨大なサービス、例えばライブドア社のライブドアや、サイバーエージェントのアメーバ、グーやニフティやはてななどは、収入手段の確保に奔走していたり、他との相乗効果を狙っていたりというのがユーザーにも見えて、非常に安心出来るのである。
無料で恩恵を貪っても、罪悪感など微塵も感じないだろう。


それに対してブロックブログというものは、何から何までまったく見えない。
いや、見える。
なんの利も無い負け戦を続けているように見える。
継戦能力を既に失い、ただ逃げているようにも見える。
ここ数ヶ月でブロックブログにおこった変化とは、トップページが少し下品になったのとカウンター、サーバー落ちの代償に(´・ω・`)がついた事くらいである。
そんなものをつけるくらいなら、ブロックブログのうりの一つであるWikiStyle用の改行や装飾ボタンでもつけた方が幾分か評判は上がるだろう。もう、何をすればユーザーが喜ぶのかすらも伝わらない段階にまで消耗してしまっているのかもしれない。たとえ伝わったとしても殿軍を狩られ続けながら逃げる事しか出来ないくらいに。
そうであれば、もう、これは。
降伏してしまうべきなのである。
負け戦を続けるなど、下の下のそのまだ下のすっごい下のさらに下である。
100万ブロックブロガーに、今すぐ降伏するべきなのである。




それが駄目なら、広告を入れるべきだ。広告を。
ヘッダーに、フッダーに、左に右に、広告という広告を埋め込みまくるべきなのだ。
そうすれば、多くのユーザーの悩みは消える。かなり。

だって、そうだろ。
募金詐欺師が出会い系を宣伝する時代にIT企業が広告無しでブログサービスを運営するだなんて、そんなの正気の沙汰じゃない。
広告さえ入れてしまえば、アクセス数の多いユーザーほど社には迷惑という自体は終わる。少なくとも、そういう図式は薄れる。



それすら無理なら、隙を作るべきだ。
ブロックブログは完璧すぎる。
サポートの対応や公式のブログは、体力の無さを如実に伝えながらも、弱小サービスの模範のような対応をしており、まったく隙が見当たらない。
社長ブログにしてもそうだ。
なんというか、言葉が出ない。
もしも、しぺぺぺぺぺぺなどとユーザーを馬鹿にし続けるようなブログであったならば、無料で貪るユーザーもただ罵倒して溜飲を下げるだろうし、3万円くらいの豚を食べているとかそういうのなら幸せそうだ。
しかし、極めてブログであり、まったくもって隙が無い。

一般的な多数のブロガー、つまり画像を載せたいだなんて微塵も思わないような活字ブロガーは、ただ憂鬱に頭を抱える事しか出来ない。罵る事さえも。


ブロックブログはもう既に、いずれやりますと書いた事をやる体力はおろか、ユーザーの声を耳に入れる体力すら無くなっているようであり、隙の無い立派な弱小ブログサービスをいとおしく思う多くのユーザーにとっては、書くのも読むのも恐ろしく、憂鬱である。




元々、電気なんとか応用という会社は体力のある会社では無いであろう。
そのような所が勝てる見込みの無い負け戦を惰性で続ける理由は無い。
逃げ出すのは恥ではないし、降伏も負けもおしまいではない。
よりよいものを提供してユーザーを満足させるのが商売人の責務であると考えるならば、次の機会にやればよいではないか。これはもう、駄目なのだ。こんな所に戦力をつぎ込むべきではないのだ。今すぐどっかに売っちまえ。


いやまだやるぞというのであれば、今すぐ広告を入れるべきだ。
月額200円を払っていないユーザーは害悪でしかないという事態を終わらせるべきだ。


それすら無理なら、ユーザーを馬鹿にしあざ笑い、完璧で隙の無いブログサービスから、隙だらけの反吐が出るようなブログサービスへと変貌を遂げるべきだ。
ブロックブロガーを支配する憂鬱を今すぐにでも消し去る為に。




いや、真に憂鬱なのは95エラーに頭を抱えるブロックブログユーザーなどではなく、広告を入れた瞬間に「ふざけるな!愛想がつきた!」と逃げ出す諸悪の根源からこのような内容のトラックバックを送りつけられ頭を抱える、竹内克仁その人なのかもしれない。


2005年2月20日日曜日

情報の裏側



情報の裏側には、流す人間の意図が潜んでいる。
朝日というメディアをご存知の方には、周知の所であろう。


韓国人に強姦されそうになった日本人を2ちゃんねらーがスクラムを組んで救った。
という情報であっても、それは同じ事である。



http://blog.livedoor.jp/mumur/archives/14298193.html#trackback
その情報に、50ものブログがよだれをたらして飛びついた。

僕が意図的にトラックバックを撃たなかったサイトはその中で2つ。
他は全て「韓国人は酷い民族」という、でっちあげられた情報に潜む意図を、そのまま、あるいはさらに大きくしてブログにしていた。





さらに、トラックバックを受けた彼らがとった行動は、
1、トラックバックの削除
2、無視
3、(笑)


まず、トラックバックの削除というものである。
左翼ブロガー、あるいは小倉秀夫のような卑怯者ブロガーが批判的なコメントやトラックバックの受け付けを停止する事や、朝日新聞や左翼のメディア人が自身への批判をShift+Deleteする事に関してはあざ笑うのに、己への批判は削除する。

左翼のネット人、あるいは小倉秀夫のような卑怯者ブロガーが批判的なコメントやトラックバックを目を閉じて無視を貫く事や、朝日新聞や左翼のメディア人が自身への批判を存在しないものとして抹殺する事に関してはあざ笑うのに、己への批判は無視を貫く。

インターネットエクスプローラをクリックし続けて広がった光景は、信じがたい光景であった。それが、あなた方のモラルであるのか。






「・・・らしい」
「・・・ありうる」
「・・・かもしれないが」
の一言で、「私は分別のつく大人であり、素晴らしく公平なブロガーです」という事を表現出来ていると考えているような人間ばかりであり、これにも酷く沈んだ。
それこそがこのヒーローストーリーを作り上げた奴らの意図なのだ。
電車男でご存知のように、わかりやすく単純で低きに流れるは広まる。
あなたがたが実践したように、よりよく広まる。


朝日に代表されるような左翼メディアが、あらゆる場面で、あらゆる手を使って印象操作を行っているのはもはや常識である。
それを笑うのに、どうしてあなた方は印象操作をする側に回るのだ。




「在日どもは○○だから、事実かもしれない」
「朝鮮人は○○だから、やりかねん」
「朝鮮人は○○だから、ありうる」
というものは、

「731日本鬼子なら、100万人民くらい斬ったのだろう」
という馬鹿げた根拠による主張と、どれ程の差があるのだろうか。





情報の裏側には、流し手の意図がある。
真に公平で公正な純然たる情報など、存在しないと言ってもよい。

ブログというものは、ただの日記ツールなどではなく、誰もが情報の流し手、あるいは中継手になる事が出来るツールである。
その重みをよくよく理解して、流す、中継する情報を選り好んでいただきたい。
情報の裏側の流し手の意図を考えぬままで、妄信的に風説の流布を、ブログというシステムを利用して手助けするというのは、よい事ではない。



ブログの読者は、より安価な情報に集まる。
秋葉原だとか、株だとか、モーニング娘だとか、アフィリエイトでお小遣いだとか、エロだとか、グロだとか、海外の三面記事であるといったような具合のものが、より人を集める。それらを馬鹿にしているのではない。よい事である。

韓国人に強姦されそうになった日本人を2ちゃんねらーがスクラムを組んで救った、という冬のソナタよりも遥かにわっかりやすいヒーローストーリーにトラックバックを寄せたサイトは、そのような見事なジャンルのブログばかりであり、潜在的トップブロガーである。あるいはもう既にトップブロガーな読者数を確保しているトップブロガーである。



そのようなトップジャンルブロガーは守備範囲外を書くならば、最低限情報の裏側に潜む意図というものを見極め、考え算段してから投稿ボタンを押していただきたい。
特定の意図を持った人間による特定の意図を持った情報が中継され、拡大され、増幅し続けながらブログ上を延々とトラックバックで巡り続けるというのは、あまりよろしい事ではない。
それが「らしい」「ありうる」という免罪符を天に掲げての、良心に基づく人種差別であるときては、ブログ的絶望である。


普通の人間は偽氏やR氏は愚か、う氏程にもにもなれぬのであり、ブログを書いて、情報の中継手としてブログサーファーに広めるを手助けするならば、その情報の裏側に潜む流し手、でっちあげ手の意図をしっかりと見極め、考えてから行うべきである。
カレンダーを埋められる、投稿を埋められる、なんかおもしろそ~というだけで投稿してよいジャンルと、そうではないジャンルというものが存在するだろうと、僕は思う。





左というものは物凄く甘い。
左にたなびけば、誰もが弱者を救う正義のヒーローになれるからだ。

それと同じくらいに右というものも甘い。
右にたなびけば、誰もが祖国を守り悪の国の大魔王に弓する正義のヒーローになれるからだ。

甘い甘いに飛びついて、ブログの更新を行う為に、カレンダーを埋める為に、1日の投稿義務を果たす為に、情報の裏側にある流し手の意図を妄信し、印象操作を手助けし続けるのは愛国者でも憂国者でも右翼でも、知的なブロガーでもなんでもなく、あほでまぬけとしか言いようが無い。




あほでまぬけな韓国人は全てを日本のせいにして謝罪をせまるし、
あほでまぬけな中国人は全てを日本のせいにしてODAをせびる。
日本をあのようなあほでまぬけな差別国、責任転嫁国にしたい人間は大勢いる。
甘いからだ。
物凄く甘いからだ。

日本をあのようなあほでまぬけな差別国、責任転嫁国にしたいブロガーや2ちゃんねらーは大勢いる。
甘いからだ。
ブロガー的に物凄く甘いからだ。
2ちゃんねらー的に物凄く甘いからだ。

たなびくのは楽で、尚且つ甘いのだ。
いつも真っ先に引っかかるのは、考えるを自負する良識ある人民である。





社会的におそらく地位も名誉もあるだろう、真性引き篭もりなどではない健康的で労働義務というものを果たし明日の日本を背負うであろう日本人の若者によるブログ的絶望のトラックバック連鎖が、どこかで途切れて再びを繰り返さぬでいてくれたのならば、これ幸いである。


2005年2月19日土曜日

小倉秀夫は馬鹿だ。



馬鹿だ。
小倉秀夫は馬鹿だ。
高純度高温室高蛋白正真正銘天下一品本物のどうしようもないド馬鹿だ。
ここでいうド馬鹿のドとは、ドレットノートのドではなくドアホのドだ。

ド馬鹿なだけであるならばまだ可愛げがあって、月4万くらい入れてくれるならばペットとして飼ってあげてもいいかな、とか思うのだけれど、ド馬鹿な上に卑怯者ときては救いようがない。7万円くらい入れてくれないとお断りだ。


それもただの卑怯者ではなく、ド卑怯者であるからして救いようが無い。
ここでいうド卑怯者のドとは、ドレットノートのドではなくド馬鹿のドだ。
卑怯の卑怯のその極みのド卑怯者だ。


小倉。
小倉。
ド小倉。
おい。
お前は緑色の童貞相手にレッツゲレロンマイセルフしたんだろ。
声高らかにレッツゲレロンマイセルフして形勢が不利になったら尻尾をまいてとんずらこくって、何様のつもりだどういう事だそれでも武士か。

レッツゲレロンマイセルフしたのなら、勝ち目が無くても最後までちゃんとやるべきであり、やるものこそがブロガーである。
お前の敵は緑色の童貞だ。
レッツゲレロンした相手だ。
決して、観客席の雑魚どもではない。


ディフェンシングチャンピオン相手にレッツゲレロンマイセルフしておいて、勝ち目が無いと気がついた瞬間に観客席を必死で見渡して、
「お客様の中に、弱い方いませんか~?」
「私でも論破出来るような弱い方いませんか~?」
「あ!お客さん弱い?あー、弱そうだ。」
「どこから来たの?三重?三重(笑)」
「三重~みんえみんえみんえ~(笑)」
「三重なら私でも勝てるや。うん、よし、やろう。」
って、てめーミスターボールドかよ。
一輪車ごとダーツで串刺しにして練炭壷で炙って食うぞ。

しかも観客席の一番弱いのみつけてレッツゲレロンマイセルフやるのなら「こいつ筋金入りの卑怯者だねー」くらいで終わるのだが、レッツゲレロンマイセルフで立ち会わずに、円周率暗記勝負とは何事だ。
勝てる相手に勝てる競技で勝てる自己完結自己再生自己弁護自己進化のド卑怯道のド王道のドブロガーめ。ここでいうドブロガーのドとは、ドブログのドじゃなくてグーブログのドだからな。
円周率なら円周率は円周率らしくもじぴったんでも作ってろ。
ノートパッド.exe開いてぴったん、ぴったん書き続けてろ。



おまえの相手は雑魚どもじゃない。違うだろ。
なに遁走をごまかして勝利宣言してんだよ。
台湾沖に繰り出した四郎勝頼の騎馬軍団かよ。
嘘こいてでっちあげてご満悦とはおめでたい。
撃沈しろよ。沈めろよ。
敵の母艦の大本の総帥の大将の親玉の緑の童貞ぶち殺せよ。
どんな手を使ってでもいいから、叩きのめして引き篭もらせろよ。
民主主義の敵を社会的に抹殺しちまえよ。
それが正義のヒーローの役目ってものであろう。


ハゲの分際で三輪車乗って観客いじりしてんじゃねーよ。
逸らすなよ。
逃げるなよ。
きちんど殺せよ緑色の童貞をば。
それが無理なら殺されろよ。
緑色の童貞に追い詰められても粘着してぼっこぼこにやられる所までやれよ。それがレッツゲレロンマイセルフしたものの勤めってもんだろ。
あるべき姿だろう。
ブロガーだろう。


まともにやりあって勝てぬなら、卑怯な手を使って勝てばいいのだ。
先にごめんなさいと1度言って、相手をごめんなさいと2度言わせるように追い込めよ。スコア2-1で勝った事にしてしまえよ。
そのくらいの卑怯さならまだ許せるが、遁走して勝てる相手を探すなどとは下の下のそのまた下の地球の中心のそのまだ下の裏側のブラジルのリオデジャネイロのカーニバルのロナウドナザリオデリマだろ。


例えば、小倉にだって勝ち目があるだろ。
「童貞?(笑)」
「童貞(笑)」
とかやればいいだろ。

「慶応で童貞?(笑)」
「俺東大でやりまくり(笑)」
とかもう、とことん勝てそうなポイントだけを攻めればいいだろ。

「俺もてるよ(笑)」
「君もてないんだ(笑)」
とかやって、徹底的に打ちのめしてやれよ。


「へー、30年も生きてきてセックスの気持ちよさを知らないなんて、不幸だね~。」
とか。
物凄い語りを入れて追い込めよ。




追い詰めた先に、
「それがですね、先生。セックスよりもオナニーの方が気持ちいというのは最近の統計で明らかになっておりまして、さらに最近私がちょっと読ませてもらった資料に書かれていた所で す と、夢精はそれよりもさらに40倍気持ちいい、と。つ ま りい、セックスをするのは負け組で、夢精をするのが勝ち組、オナニーをするのが一般市民であると大まかに分類することができるら し い、という事のようで、す。小倉先生はセックスグループに属する成人男性ですから負け組であり、私はオナニーしてもオナニーしても毎晩毎晩夢精をしてしまうような人間ですので、そういうい事なのでは、とわたくしとしては申し上げたいのであります。」
とか反撃を受けては、大粒の涙を流して地面に頭を何度も叩き付け、悔しさで舌を引っこ抜いてはその舌を氷点下70000度の絶対零度で凍らせて尖らせてそれで喉突いて死ねよ。

死ぬのが嫌なら「パリーグファンは全員キチガイ。是東大的常識」
とか真実突いて、勝手気ままで気狂いな勝利宣言してストライプ応援してろよ。



それができないんなら最初からレッツゲレロンするんじゃねえよ。
その程度の覚悟も出来ないド馬鹿がブログ書いてブロガー気取ってんじゃねえよ。

小倉みたいなド馬鹿のド卑怯者が次から次へと現れては、無責任にレッツゲレロン大きな顔してブロガーするから、ブログ的絶望がアリューシャンから南沙までを覆い尽くすような事態になってんだよ。燃えに燃えてもう滅茶苦茶になってしまってんだろ。

だいたい小倉は最初にレッツゲレロンマイセルフした時点で小倉的には勝てると思ってたのか?やれると信じてやったのか?
最初からボーボー逃げる気だったのか?
それともあれか、無鉄砲で損ばかりの本物の馬鹿か?
計算高くない大人って素敵ってやつか?モテモテか?即ち童心を抱えたひでくんの笑顔見たらまり、癒されちゃうの-うっふーんか?
それとも小倉、君あれか?マゾか?
真性Mか?
ド変態め。
お前が味方して弁護したのは民主主義の敵だろ。そんな戦に勝ち目があると思ってた時点で東大卒って絶対嘘だろ。確定真性ニートだろ。
緑色の童貞を潰したいなら、もっと勝てそうな時に突っ込めよ。
よりによってそのタイミングは無いだろ。
勝算無しに絡むなよ。
先生は大将なんだからー。
ね、大将なんだからさー。



むかつく
おさまらねえ
むかつく
まじむかつく
真性引き篭もり的に言うと激昂しているのであり激昂し激昂な激昂だ。

僕がもし小倉優子であるならば、その芸名を今すぐにでも小倉秀夫に改名して無修正のアダルトビデオに出演しまくってやる。スカトロとか露出とかそういう無茶苦茶なのに出演しまくって、それを日本中、いや世界中にばらまいてやる。
それをもって、「小倉秀夫=ロリエロセックス」という構図を世界の中心の中枢のど真ん中にまで浸透させ、小倉秀夫を改名させるに至らしめるくらいまでに追い詰めてやる。しかしながら僕は真性引き篭もりであり、小倉優子ではないので、よろしくやりたいよろしくやりたいと思うだけであり小倉優子とよろしくやりたい。



だいたいからしてブログのタイトルからしてふざけてる。
「小倉秀夫のIT法 Top Front」
ってなんだよ。
ITでもなければ法でもなければTopでもなければFrontoでもなければ小倉でも秀夫でもないくせにそのようなタイトルは物凄く不釣合いだ。
弁護士とかそういうのは全部嘘で中身はニートか引き篭もりだろ。
そんな安易な嘘で騙しとおせると思っている時点で海の藻屑と消え去るべきだ。

ちゃんとやらないならやらないで、今すぐそのブログのタイトルを改名しろ。
「ド島通信」
に改名しろ。
ここでいうド島のドとは、ドレットノートのドではなくド卑怯者のドだ。
島は、なんか小島秀夫の島とかだからな。
そこんとこよーくわかっとけよ。
卑怯者のドブロガーめ。


シューティング脳の恐怖



壁際に立たされて、5メートルの向こう側からテニスボールを投げつけられ続ける事を、喜び進んでやる者は無い。
当たり前である。
そんなもの、楽しくない。



ところが、そんな当たり前の事すらわからぬ人間が世の中にはいる。
それがどのような人々であるのか調べると、すぐに答が見つかった。

彼ら、つまりは当たり前の事すらわからぬ愚かな人たちというのは、皆が皆してゲーム好きであるという事が判明したのだ。彼らは日々プレイするゲームによって、なにもかもを破壊され、脳みそぱっぱらぱーな廃人になってしまい、当たり前の事すらわからぬ哀れな人となってしまっていたのだ。



そう、世に言うゲーム脳である。
そしてもう少しそれを調べていると、そのような人たちは皆シューティングゲームというものをやっているという事が判明した。

そう、当たり前の事すらわからぬ彼らは全員シューティング脳であったのだ。
まことにおそろしい。
これには、恐怖を感じる。




シューティング脳に汚染された人々は口を揃える。
「STGって、面白いのにどうしてマイナージャンルなんだろう・・・」
シューティング脳に汚染されておらず、ゲーム脳も遥か彼方な健やかで育ち盛りの僕のような若人ならば0秒を待たずに回答出来るような事を疑問に思い口を揃えるシューティング脳患者。
なんとも無念だ。
症例として、間の抜けた顔文字を連発するに至る場合まであるという。
少子化の国の貴重な若脳が、若脳がまったくどうして無念でならない。
無念だ。
ああ。



面白くないからマイナージャンルなのだ。
彼らはそんな事もわからぬのだ。
シューティング脳に汚染されていない人間は、シューティングゲームを面白いと思わないからマイナージャンルなのだ。シューティング脳に汚染された人間だけが、シューティングゲームを面白いと思えるからマイナージャンルなのだ。



シューティングゲームが面白くないのは当然である。
少し考えればわかるいや、少しも考えなくてもわかる事だ。


シューティングゲームというやつは、敵が弾を撃ってくる。
物凄いいっぱい敵が出て、物凄いいっぱいの敵が、皆が皆してプレイヤーを目掛けて弾を撃ってくる。嫌がらせとしか思えない。いや、事実として嫌がらせなのだ。

普通の人間にとってのシューティングゲームとは、物凄いいっぱい出てきた敵が撃つ物凄い物凄いいっぱいの弾丸からひたすら逃げ回る罰ゲームでしかない。
シューティングゲームを壁際に立たされて5メートルの向こう側からテニスボールを投げつけられ続ける事で喩えるならば、壁際に立たされて5メートルの向こう側からテニスボールを投げつけられ続けるである。


「どうして・・・」
じゃないよ。もう手遅れだシューティング脳。
「どうすれば・・・」
じゃないよ。もう手遅れだシューティング脳。
そんなものが面白いわけがない。
そんなジャンルがメジャーになるわけがない。



シューティングゲームを遊んで面白いと思うのは、シューティング脳に汚染された特別な人達だけなのだ。
汚染されていない普通のゲーマーの中にも話題騒然となるようなシューティングゲームが登場する度に興味津々とプレイする人間もいるのだが、普通の人間がシューティングゲームをしても面白いなどとは毛頭思わないので、
「思わず見とれちゃうよな絵面だね」
「素晴らしいシステムだね」
「見事な完成度だね」
「面白そうだね」
「凄いね」
「gg」

で立ち去るのだ。
デパートの試食状態なのだ。
しかしながら、汚染されていない人間がシューティングゲームに「良いゲーム」という肯定的評価を下す事は間々ある。

それは、面白いとは思っていないものの、ゲームの造りとしては認める為に「良いゲーム」という評価を下すのであって、シューティング脳患者の言う「良いゲーム=面白いゲーム」という感想とはまったく異質のものである。
汚染されていない人間にとっての名作シューティングゲーム、例えば斑鳩であるとか、怒首領蜂であるとか、グラディウスVであるとか、ボーボーダウンであるとかいったものは、
「素晴らしいゲームであるという事は理解出来るが、面白くない」
というものであり、面白くないものに金を出すのは羽振りの良い酔狂だけである。



シューティング脳なシューティングゲーマーの恐怖は、シューティング脳に汚染されていない一般大衆がよく出来たシューティングゲームを素晴らしいゲームであると評価しているのを勝手に解釈し、「プレイすればみんな面白いってわかってくれるんだ!」と集団で駆け抜けてしまっている点にある。




例えば、FPS信者なFPSゲーマーは、
「酔う人は楽しめない。技術も、必要。」
とはっきりとFPSを面白いと思わない人間の存在を認めている。

RTS信者なRTSゲーマーも、
「物凄く忙しく、大変な技術が必要。普通は、勝てない。」
とはっきりとそれを認めている。

RPG信者なRPGゲーマーであれば、
「主人公が、勝手に喋る。時間が、かかる。」

ネトゲ信者なネトゲゲーマーであれば、
「チャットが、うざい。たのしく、ないよ?」

MMO信者なMMOゲーマーであれば、
「時間が、必要。ほんとに、やるの!?」

エロゲー信者であれば、
「ちんこが、必要。エロいよ」


ところが、シューティング脳患者は、
「遊んで、くれれば。面白いと、わかってくれる!」
であるからして、アンチャッチャブルである。




シューティング脳族は次のように言う。
「それを乗り越えるのが楽しいんだ」
「練習すればやれるようになるって」

100から1000までもう駄目だ。
なるほど、なるほど。
はっきり、言おう。

普通の人間はそれを乗り越える前にチートを使う。
普通の人間は、チートを使わなければシューティングゲームは遊べない。
チート、違反行為。

それはつまり、難易度調整であり、コンティニューであり、時によってはコンテニュー回数を99回にする、チート中のチートである。



イージーで遊ぶ人間はイージーでコンテニューを繰り返してラスボスを倒し、
「素晴らしいゲームでした!以上。」
という評価を下してシューティングを去る。

プライドが許さずにノーマルで遊ぶ人間は、
ボムとコンティニューを繰り返してラスボスを倒し、
「素晴らしいゲームでした!じゃあ、さよなら。」と、立ち去る。

もっすごいゲーマーを自負してハードで遊ぶ人間は、
コンティニュー回数を99回にしてボムと死ぬとを繰り返し、
「素晴らしいゲームでした!じゃ、次。」とシューティングには二度と近寄らない。


シューティングゲームを購入してチートをせずに遊びこむのは、シューティング脳に汚染された特別な人達のみなのだ。

泣き喚きながら弾という弾から逃げ回り、這いずり回って追い詰められた末にボムを使って5秒の安息を得、やがてはボムも尽き果て無残に殺され、生き返っては泣き喚きながら逃げ回り、這いずり回って追い詰められた末に、また生き返って泣き喚きながら逃げ回り、チートを使用して残機を4にしては泣き喚き、泣き喚き、泣き喚き、逃げ回り、逃げ回り、逃げ回る。
それが普通の人間にとってのシューティングゲームというものである。

弾幕シューティングは、より悪い。
弾幕シューティングにおける手っ取り早く先に進めるコツというのは、チートを伴う死の繰り返しによるパターンの記憶と、自機の周辺だけに目をやって、当たりそうになったらレバーを横に瞬き入れる、というものであり「撃つ」という要素が跡形も無く消え去る。
ショットボタンを押しっぱなしにして移動し、少しの失敗を犯しては泣き喚きながら逃げ回り、追い詰められるゲームになる。


シューティングゲームというものは、乗り越えた先に次のボス、そのまた先に次のボス、そのまた先の先のラスボスを倒して初めてハッピーという造りがおおかたであり、ハッピーになるには終わりの見えない果てし無い鍛錬か、チートが必要となる。
チートというものは、多数のミスによる無数の死が発する「下手糞め!お前は駄目な人間だ!」との罵倒によるやるせなさと、猛烈な嫌悪感を伴う。
そんなもの、誰が好んでやるものか。

それを乗り越えてそちら側に行ける人間というのは、物凄い暇な奇人であるか、生まれつきのシューティング脳を持った人間であるかのどちらかである。

時として彼らは夢遊病者のようにこう呟く。
「おかしい。昔はシューティングゲームに市民権はあったのに!」
おかしい。
確かにおかしい。
シューティング脳患者の思考回路はおかしい。
認識力がおかしい。
狂っている。

シューティング市民権の元を辿ればインベータゲームである。
それは即ち、カートンを積んでしわくちゃなグラサンをかけたダークパープルのネクタイシューティング脳患者が、禁断症状に耐えかねて100円玉を積み上げるという日本を覆った未曾有の伝染やまいであり、もうそこから病んでいたのだ。シューティングゲームというジャンルは。





健康な人間がSTGをチートを使わないでプレイする、あるいはチートに嫌悪感を抱き、コンテニューを求められるカウントの最中に電源ボタンをOFFにするというのは、もうその時点でやりこみなのである。やりこまなければ2面の道中で残機を削られ、3面のボスの初段でGame is overである。
いや、やりこんでもやりこんでもGame is overが待ち受ける。
シューティング脳患者が面白いと感じるように作られたシューティングゲームは、普通の人間にはやりこんですらGame is overなのだ。

やりこむ事によって、それが3面の道すがら屍を溜めて4面の大ボスでリセット、といった具合に牛歩の歩みでHappy EndなGame is overに近づき、牛の半歩を繰り返す中でシューティング脳を発病し、シューティングゲームが発売されたとなればその出来のよしあし、その質感に関わらず必死で収集買い漁る。
そうなってはもう、手遅れである。


唇と唇の間に隙間が出来た時には、
「どうしてこんな面白いものが世間では受け入れられないんだろう」
と、壊れた脳みそから壊れた言葉が飛び出る廃人になってしまっているのだ。






>いずれにせよ社会人になってもゲーマーでいること
>ゲーム体力を持ち続けることは、とても困難なことだと言えるだろう。
至極。
至極。
いたまれりきわまれり。
至極。至極。いたまれりきわまれり。
そのとおりである。

ゲーム体力を失った人間は、100円を投じる事も、フリーや体験版のダウンロードも、チートをして屍でラスボスを蹂躙する事も行えなくなり、シューティングゲームというものからの完全な断絶を宣言する。
それによって、シューティング脳に汚染される機会を完全に失う。



もしもシューティング脳が若人に言葉を投げかけるのであれば、
「クリアするのに30時間以上かかるゲームややりこみ要素満載のゲームを今のうちに」というのは920度違う。完全に別世界の別方向の別次元である。
「今のうちにシューティング脳になっておけ」
が正しい。
そう投げかけなければ、シューティングゲームはより痩せ細る。
滅ぼしたいのならそれでいいのだが。


シューティング脳患者に対しての
「クリアするのに30時間以上かかるゲームややりこみ要素満載のゲームを今のうちに」であれば、それは正しく、そのとおりである。
もう彼らは手遅れであり、進行するシューティング脳から逃れる術はハラキリ、即ちゲーマー的死、これそれゲームからの卒業しか無いのだから。



では、という事だ。
シューティング脳患者以外も楽しめるSTGとは、で、ある。

そのようなものがもしあるとすれば、チートを使わずに気軽にクリア出来るような非常にショートでお手軽な小物であり、尚且つ乗り越えれば面白いといった本来持つ面白さである壁は僅かにその姿を残している、短編集のようなもの。
もしくは、2周目の5面のボスを殺してハッピーエンド、というものではなく、暇つぶしに延々遊べるけれど、末期のゲーム脳患者でも10分以内にGame is overになり、チートの手段はまったくない、といったような遊び捨てタイプのダイソー以下なミニゲームであろう。

眼鏡は額の上にあるわけで、それを捜して寄り添い語り明かすシューティング脳患者のその様は、物凄く滑稽である。




選民は選民らしく雲の上から地上の民に雷を落として馬鹿にしながらも、「我々が滅びる前にこの雲が消えてしまうのではないか」などと怯えつつ、こっそりひっそりやっておればよいのだ。
先天性のシューティング脳患者は常に一定の割合で存在し、何もしなくても国木に恍惚と寄り付くオオムラサキのようにその豆を勝手に育てて登るのだから。


2005年2月17日木曜日

アソシエイトに関するトラックバックに答えてみる。



いやあ、楽でいいね。
トラックバックにコメントしているだけでカレンダーが埋まるというのは。


いきなり入る。


1.Amazonアフィリエイトを貼っているレビューが、本当に「紐付きレビュー」になるのか。


基本的にはAmazonアフィリエイトを貼っていることこそが紐つきレビューの証である、と読める。


で、おっしゃっている「紐付きレビュー」の条件を満たす為には、次の二つの条件が必要になると思う。


・アフィリエイトを貼ることによって利益を得ること
・その利益、あるいは予定利益が、扱っている対象に有利な形でレビュー内容に影響を及ぼすこと



人間というものは結構に強い。
よりよくしようと努力する。



人間というものは結構に弱い。
よりよい方へと流される。


それはアマゾンアソシエイトにおいても同じである。
アマゾンアソシエイトを導入した人間は、導入に労力を費やしたという時点で既に、アマゾンアソシエイトを介した売り上げというものを目指しているわけである。


アマゾンアソシエイトを導入した人間は、よりよくしようと努力をする。
より悪いレビューを書く。


アマゾンアソシエイトを導入した人間は、よりよい方へと流される。
より悪いレビューを書く。


決してそれは脊髄反射などで貼れるものではない。
努力をしたか、流されたかで貼っているのであり、
それは立派に紐付きレビューと呼べる代物である。


問題がより深刻であるのは悪いレビューというのは、「発売されました!!」といった類の「このブログは駄目だね(笑)」とわかるような文章ではなく、巧妙な文章で書き綴られるという点である。
それは、筆力がある人間。つまりは人材として貴重であるブロガーであればある程、より巧妙な文章で巧妙な手を用いて行われる。


さりげなく話題作が増え、さりげなく高価格の商品が増え、さりげなく本来の守備範囲とは違う形のレビューが増える。広告塔化、クロスレビュー化である。


テクニカルな例を挙げると、FPS(一人称視点で銃で打ち合うゲーム)の熱心なレビューサイトが突如として「プレイステーションポータプル+ルミナス」のアマゾンアソシエイトを貼り、レビューを書いたとする。
それを、FPS信者を夢中にさせたパズルゲームのレビューであるのか、FPS信者がサーバー代を稼ぐ為に努力をして書いた「高価格」「旬」「マイナー」「話題作」といったキーワードの悪いレビューであるのかを見極めるのは不可能である。


これには「その両方だよ」という反論があるだろう。
それを申されるならば、ファミコン通信社のクロスレビューや、4gamersの光栄レビューも、「その両方」であるわけで、それと同じである。


次に代表的な反論としては、
「アマゾンアソシエイトを貼っているけれど、
 レビューの中では徹底的に罵倒しているじゃないか!」
というものである。


その内容が罵倒であるか賞賛であるかに関わらず、ウェブ上での露出というのは商品にとってプラスに働くというのは常識的な事であり、ブログに載せた、露出させた、という時点で紐付きと言えるのではなかろうか。


ましてやゲームへの罵倒というものはその罵倒の正体を見極めるのが非常に困難である。ゲーム好きな人間というのは、どこかでゲームに関して否定的なわけで、ゲームレビューにおける
>あからさまに悪評
というのは、三菱の車が炎上した、とか、ブルーディスクが飛び出した、蛙が入っていたとかミミズだとかいったものとははっきりと違う。


もちろん、炎上中のパジェロくらいの糞ゲーもたまには存在するわけで、それを貼る事をさして「あからさまに悪評」と言っているというのならば、まあ、あれなのだけれど。(今思いついた所では、ヴァルケン、天下統一3、大刀、、、)


もし、今すぐにシドマイヤーズアルファケンタウリへの罵倒を100行巧妙に書き綴れと言われれば簡単に書けるし、その対象がCiv3やウォークラフト3、ブラックアンドホワイトでよいのであれば僕自身今すぐにでも罵倒してやりたいくらいの気持ちがある。


アマゾンアソシエイトという紐が存在していなければウェブ上に存在していなかったであろうレビューが紐の為に量産されているという現実は非常に苛立たしい。
しかもブログというのはどうしてか検索エンジンとの親和性が高いらしく、僕が酔いという理由においてプレイ出来ない3D系ゲームの評判を検索エンジンで探すと、上位に表示されるレビューの大半が巧妙な紐付き悪いレビューであり、-amazon.co.jpなオプションが欲しいという気持ちを抱いた事すらある。
優秀なブロガーの純然たる文章というものを読みたいのに、紐の影がちらつくだけで、視界が少し濁る。どうなんだ、それ。


最後に、
>2.Amazonアフィリエイトで実際にサーバー代は稼げるのか。
という点である。
これに関しては100%、稼げる。と答えておく。
少なくとも、公平で善良でセンスに溢れたフレンドリーなブロガーであるを装えるくらいの筆力があるブロガーであれば、間違いなく稼げる。


ブロックブログの有料オプション(画像表示)は200円、
ココログは263円、はてなダイアリーは同120円、
レンタルサーバーも同じ価格帯で複数が見つかる。


これでいいのならば、公平で善良でセンスに溢れたフレンドリーなブロガーであるを装ってアマゾンアソシエイトに参加すれば、努力をするか流されるかすれば、あるいは努力をしなくても流されなくても稼げる額であり、アマゾンアソシエイトにYESと言った時点でgame is overである。


「俺は大丈夫だ。悪いレビュー書きにはならない」と思っている人間ほど危ない。人ってのは想像以上に安易で、また努力を怠らぬ生き物なのだ。
先日の文章でもこの位置に書いたのだけれど、ナムコクラシックスの3とドラゴンクエスト4しか貼らぬ!といったようなブロガーであるくらいなら、いっそ純然たる方に来て、サーバー代は別に働いて稼いだ方がよい。
参考リンクとして張るというのら、公式サイトの方が相応しい。


akisayaはakisayaだ。



>「ピクニック気分」で堂々と批判なさるのもほどほどにお願いします。

>ありがとうございました。
>すっきりしました。
堂々と批判した事に対するコメントが
「ほどほどにお願いします。」
とはおもしろい。

せめて一言だけなどと言い訳して書いた事が、何かと思えば
「批判するな」
それは、せめてではなくて一言しか書けぬというだけであろう。
しかも内容が言論統制のそれときては、哀れを通り越して涙を誘う。
「ハンドルネームで」募金パークを誹謗中傷している人達がいます!といった類のトラックバックは未だ来ぬわけで、飛んでなんとやらである。



日の丸を背負って出ておきながら、回線切断により転がり込んだ一勝にうじうじと女々しく執着し、後にちまちまと改変するような方が「ピクニック気分ではない」とどのようにして主張するのか物凄く興味がある。

などと書いた所でこの御仁から何かあるとすれば
「はいはい、馬鹿を相手にした私が馬鹿でした:)」
とか、そういった類の一言が関の山であろう。






とか、そういうのをやるつもりはめっそうもってまったくもうとうございませんのでどうかものすごくおんびんにおねがいします。

だいたいからして、死屍累々のRTSに関するサイトの中で、現役尚且つアクティブで、プレイングマネージャーが出来る人間というのは日本においてakisayaさんくらいしかおらず、物凄く貴重で尊い人材であるので、お体に気をつけて転げないように適度に頑張ってってください。

いやあ、僕だってDOTA allsatarsを徹底的に書く事によりウォークラフト3購入者を3~4名くらいは増やしてやろうというようなささやかな野望もあったのですが、フェードアウトしてしまい、それなりに無念であります。
以上であります。



よく事情が飲み込めない方の為のこれまでのあらすじ。
ウォークラフト中毒の真性引き篭もりが、紆余曲折を繰り返した果てにやっとこさウォークラフトを止められたものの、再びウォークラフトの悪夢がよみがえって禁断症状で息も絶え絶えの所に、無神経にウォークラフトなトラックバックを飛ばす極悪人vs正義超人hankakueisuu






ああ、そうだった。
このタイミングでアソシエイトにNOと言えを書いてしまい、いかにもあてつけっぽくなってしまいましたが、これは随分と前から書きたかった事なのであり、他意はありません。ほんとに。

最初に書いた時は上手く書けずに引っ込めて、二度目に書いた時はコメント欄に反応してアマゾンを張ってしまってから日が浅くて罰が悪く見送り、それからも何度か書こうと思ってはいたものの、どうもうまく書けぬと放置していた所に、ブックマークに入れてとても好いておったゲーマー大学生のブログがアマゾンアソシエイトをきっかけにしてわずか半年の間に競馬と株とグーグルアドセンスなサイトに変貌してしまい酷く落ち込んでいた所に、名実ともに日本を代表する悪いゲームレビュー書きさんからトラックバックが来るというイベントが重なり、書けそうな気がしてきたので書いてみたら書けたという事で投稿しただけであり、どこかへトラックバックを飛ばそうかと思ってはみたものの、今も読んでいる悪いレビューサイトはNGMだけなので、NGMに飛ばすというのはどうも違うし、わざわざ検索して探して飛ばすっというのはそれこそスパムであり、みっともなく、波風を立てるのが大嫌いな事なかれ主義者の僕には似つかわしくない行為であり、2000hitくらいある間に書いておけば拾われたのかもしれないと深く後悔しながらも、書けぬ時は書けぬしな、と寂しくなったりする。
やっぱり、無理にでも書いておけばよかった。